医師ブログ

2020.05.29更新

このブログの更新を私が開始し、約1年が経過しました。

徐々にこのブログをお読みになられている方が増えており、茅ヶ崎界隈のみならず、全国から反響を頂くことも少なくなくなりました。皆様に興味をお持ちいただいて大変うれしい限りです。ありがとうございます。
そのおかげか、先日講談社さんの週刊誌「週刊現代」の取材を受ける機会がありました。テーマは「コロナで再確認したい、高齢者が気を付けたい肺の病気」ということでお話しをさせて頂きました。
お話しした内容がこれだけセンセーショナルな文体になるのはさすが週刊誌・・・(笑)まあでも呼吸器疾患のことが分かりやすく書いてあります。
よろしければ下の画像をクリックして記事をご覧いただき、よろしければ書店、コンビニでもお手に取ってみて下さい。


週刊現代
こちらをクリック!


というわけで今回は私の担当した、高齢者の肺炎について書いてみます。

肺は直接外の世界とつながっている臓器であり、また雑菌が非常に多い口の中ともつながっており、常にあらゆる微生物にさらされています。ですので肺は、鼻腔とともに全身で最も感染症にかかりやすい臓器と言われています。
しかし肺には、異物を包み込む粘液の分泌(=痰)や、痰を外に送り出す気管支の線毛運動、それにこれらのような異物を外に飛ばす咳反射など、自浄を促す作用があります。
そしてこの咳反射は異物が入った刺激を、脳にある咳中枢が感知することで起こります。
ですので、通常の元気な肺は感染を起こす前に微生物を排除します。

 

異物排除

しかし、高齢になるとこれらの能力が低下し、肺に微生物が到達しやすくなります。

また高齢者では誤嚥をすることが増えてきます。
ものを飲み込むという行為は、咀嚼を行いながら食べ物を口の奥へと送り込み、飲み込むときには喉頭蓋(こうとうがい)というドアが絶妙のタイミングで気道にふたをして、その瞬間のどにある筋肉が瞬時に連携をとりながら食べ物を喉から食道に送り込むことでおこります。これは意識的に行っているものではなく、脳の嚥下中枢という部分がつかさどる反射により起こります。
ところがこれが年を取ると、この連携のタイミングが微妙にずれてきます。また脳梗塞(症状の目立たない、いわゆるかくれ脳梗塞を含みます)などがおこると、この反射がうまく行かなくなり、嚥下の機能が低下します。すると気管に食物や唾液などの異物が入り込んでも排除できなくなってしまい、微生物が肺に到達しやすくなってしまうわけです。
加えて上でお話しした咳中枢の機能も落ちています。すると肺に到達した微生物は、肺から排除されることなく肺の中で増殖してしまいます。
そのため高齢になると肺炎を引き起こす頻度が増加します。

誤嚥性肺炎
また抵抗力が弱りなかなか異物を追い出せない状況で、しばしば重症化し治るのに時間がかかってしまいます。
しかも高齢者はもともと筋力も加齢によって低下しており、肺炎をひとたび起こしてベッド上での療養が長くなると、全身の筋力が容易に低下します。嚥下に要する筋力も低下してしまうため、肺炎を治療できたとしても体力の低下や嚥下機能の低下が元の状態までには戻らなくなり、次の肺炎を引き起こしやすくなってしまいます。
これを繰り返すことで最終的に命にかかわってしまうことが少なくないのです。

ではこれを防止するにはどのようにしたらいいのでしょうか。長くなりそうなので、また近々続きをお話ししましょう。

投稿者: 茅ヶ崎内科と呼吸のクリニック 院長 浅井偉信

2020.05.21更新

ここ茅ヶ崎を含む神奈川県ではまだ緊急事態宣言が解かれていませんが、それでも今週に入り徐々に発熱などでご相談いただく方は減っては来ているようで、ようやく当院もやや落ち着きを取り戻しつつあります。
ただ油断はできない状況でもあり、今一度皆さんには感染対策の継続をお願いします。

今日は今回の新型コロナウイルスと喫煙の関係についてです。

今回の新型コロナウイルス感染症では、肺の慢性的な病気により、肺の機能が低下していることが悪化の大きなリスクとなると考えられています。
この状態を引き起こす原因としては、喫煙そのものと、長期に喫煙をしていた人に起こりうるCOPDという病気の発症が挙げられています

→COPDについて

いくつかの論文をまとめたメタ解析という手法でまとめたデータによると、喫煙をしている場合は、していない場合と比べ新型コロナウイルス感染が重症化するリスクが約2倍高い可能性があるという見解が出ています(ただそこからこのうちの一つの論文データを除いて再解析すると、傾向は維持されるものの有意差はなくなったとのことです)。
そしてCOPDである場合は、その重症化するリスクが有していない場合に比べ約4倍程度高くなるのではというデータが発表されています。J Med Virol. 2020 Apr 15. doi: 10.1002/jmv.25889

この原因としてはまだはっきりとはわかっていませんが、以下の仮説も考えられています。

新型コロナウイルスは、気道や肺胞の粘膜の上にあるACE2受容体という部分にくっつくことで、細胞の粘膜とウイルスの外膜が融合し、ウイルス内部のRNAが細胞に取り込まれることで感染が成立することがわかっています。

ACE2受容体

先日カナダから発表された論文によると、検査で採取した肺組織を調べてみたところ、ACE2受容体が、喫煙をしたことがない人、過去に喫煙をしていてその後禁煙した人、今でも喫煙をしている人の順に多くなる傾向が示されました。
また肺機能の側面から見てみても、喫煙によって肺機能が低下しているCOPD患者さんの場合、そうでない場合に比べて肺組織にACE2受容体が多く現れていることが分かりました。Eur Respir J. 2020 May; 55(5): 2000688
動物実験ではたばこによる煙に気道がさらされるとACE2受容体が増加することも分かっています。Burns. 2015 Nov; 41(7): 1468–1477


また別の要因も考えられます。

肺には異物を包み込む粘液の分泌(=痰)や、痰を外に送り出す繊毛運動、それにこれらのような異物を外に飛ばす咳反射など、自浄を促す作用があります。
しかし高齢になるとこれらの能力が低下します。
これに加えて喫煙による煙は肺の繊毛の働きをさらに低下させてしまいます。
そのためウイルスがより肺の奥に入り込んでしまう可能性がより高まってしまいます。

さらにそもそも喫煙するときには、手で持ったタバコを口に向けるので、手のウイルスが口から侵入しやすいことも示唆されています。

これらにより、喫煙者やCOPDの患者さんではコロナウイルスに感染しやすく、それが悪化しやすい原因になる可能性があると考えられるのです。

一方フランスからの報告で、コロナウイルスの感染者に喫煙者の割合が低いというデータも発表されているようです。https://doi.org/10.32388/WPP19W.4
ただこの研究は一つの病院のデータを集めただけであり、さまざまな偏りがあるのではという指摘もあります(院内感染も発生したようであり患者の多くが喫煙率の低い医療従事者であったことや、あくまで自己申告によるデータなので信頼性に欠けるなど)。
まだこのデータに関してはいいも悪いも言えないと思うので追試を待ちたいですが、いずれにせよ重症化を抑えることが重要との観点では、現時点での禁煙の重要性は動かないでしょう。

禁煙は早く始めたほうが肺機能低下を予防できるので、なるべくこの今の機会に禁煙に取り掛かっていただくことをお勧めします。

→禁煙外来について

禁煙

環境再生保全機構HPより


またCOPDは長引く咳や痰、息苦しさで出てくることが多いのですが、しばしば「いつも風邪が長引く」と解釈してしまって医療機関にかかる機会が遅れたり、医療機関でも病気の存在に気づかれずに適切な治療がなされないことも少なくなく、発見がしばしば遅れます。

たばこを吸っている方、最近風邪が長引くなあと思っている方、駅の階段で息が切れるようになったという方、そしてタバコやめてみようかなとちょっとでも思った方は、一度肺や呼吸に詳しい医師に聞いてみましょう!

投稿者: 茅ヶ崎内科と呼吸のクリニック 院長 浅井偉信

2020.05.11更新

おかげさまで、最近はこのブログを全国の多くの方にご覧頂いているようで、さまざまなご意見、ご感想を頂くようになってきました。
多少なりとも皆さんの疑問や不安の解消の一助になっているとのお応えを多くいただいており、ありがたい限りです。今後も診療の合間に、できる範囲でわかりやすい情報発信を続けていきたいと思います。


ただこのブログの記事が引用されている某掲示板などでは、やや誤った解釈などもされてしまったようでもあり、今回はそのことについて触れようかと思います。
3月29日の記事 →「新型コロナウイルスによる肺炎とは?他の肺炎と何が違うの?」が引用されている書き込みで、この肺炎が間質に起こりやすいだろうということを書きましたが、「間質性肺炎は致死率100%の病気である」などという記載が付け加えられてしまっている記事が散見されています。
確かに「間質性肺疾患」というのは非常に複雑でわかりにくい病気であり、専門家の間でも数年に一度は定義が変わっているほどです。
今回はこれを少しかみ砕きながら説明してみようと思います。

まず「間質性肺疾患」という病気ですが、これは当時の記事で述べた通り、肺の間質(肺胞の壁や肺胞と肺胞のスキマにある構造物、そこを走る血管の壁など)に炎症が起こり、肺胞から血管への酸素の移動に障害が生じるという病気をひとくくりにしたものです。

 

正常な肺の状態

正常肺

 

間質性肺炎の状態

間質性肺炎

(いずれも3/29記事より再掲)

これはいろいろな分け方がありますが、その分け方の一つとして原因がはっきりわかっているものと、原因がはっきりとわからないものに分ける方法があります。

原因がはっきりわかっているものとしては、感染によるもの(今回の新型コロナウイルスの他に、サイトメガロウイルス、インフルエンザ、麻疹、水痘などのウイルスや、マイコプラズマなどの一部の細菌が原因になることもあります)の他に、薬剤の副作用による「薬剤性肺炎」、膠原病によって起こる「膠原病肺」、特定のアレルゲンを吸い込むことで起こる「過敏性肺炎」、粉塵などを吸い込んで起こる肺炎(例としては職業性肺疾患)、癌が間質にあるリンパ管を進んで起こる「癌性リンパ管症」、それに肺を始めとして全身に「肉芽腫」という組織が出来てしまう「サルコイドーシス」などが挙げられます。

一方原因がはっきりとはわからないものは、「特発性」間質性肺炎といわれます(よく間違えられますが「突発性」ではありません)。
この中には肺胞の破壊が年単位で進み、肺が強く線維に置き換わってしまうために治療が難しい「特発性肺線維症」、肺胞に慢性的な炎症が起こりフィブリンという物質が肺胞にたまりつつ、隣り合う間質にも炎症を引き起こす「特発性器質化肺炎」、原因不明ながらも急速に間質に炎症が起こり多くは救命困難な「急性間質性肺炎」、そのどれにも分類できない一群である「非特異性間質性肺炎」など、現時点では合わせて9個の疾患群が含まれています。

で、当然のことながら「間質性肺疾患」にはいろいろとあるため、これらの予後というのも原因や病型によって様々です。

たとえば間質性肺炎の代表として語られることの多い「特発性肺線維症」は、致死率は確かに低くない病気です(しかし現在では肺の線維化を抑える抗線維化薬が出ており、以前と比べて治療方法が出てきてはいます)。一方「特発性器質化肺炎」は治療(内服や点滴のステロイド薬)の効果が高く、致命的になることはあまりありません。

一方原因がわかる間質性肺疾患では、例外はあるにせよその原因が取り除かれることで改善できることも多いものです(膠原病肺であれば膠原病の治療により小康状態となるケースは多いですし、急性過敏性肺炎はそのアレルゲンから離れるだけで改善するとされています)。

一般的に肺の炎症が長期化し線維組織に置き換わってしまうケースでは、元の正常な肺組織に戻ることはないため、間質性肺疾患の予後は悪くなるとされています。
しかし今回の新型コロナウイルスによる間質性肺炎も軽症の場合は自然に改善する場合が多いと報告されており、いわゆる肺が線維化を起こしやすいとまでは言えない病気ではないかと思っています(ただ重症化、長期化することで肺が線維に置き換わってしまうケースはあると思います。その場合は慢性呼吸不全などの後遺症が残る可能性はあるかもしれません)。

というわけで、決して「コロナは間質性肺炎だから致死率が100%である」という事実はありません。

玉石混交のさまざまな情報が飛び交う今の世の中ですが、是非とも常日頃「デマ」には振り回されず、お気を付けて頂ければ幸いです。

投稿者: 茅ヶ崎内科と呼吸のクリニック 院長 浅井偉信

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