医師ブログ

2024.10.27更新

先日、福岡に行ってきました。

行楽の秋、九州の観光を楽しむ・・・わけではなく「長引く咳」、「治らない咳」の治療をどうするべきかという呼吸器専門医の集うシンポジウムにお呼びいただいて、「咳」の治療についていろいろと話し合ってきたのでした(久しぶりの飛行機は楽しかったけどね)。

呼吸器講演会
やはり、そのシンポジウムの中でも、なかなか治らない、長引く咳に対しての治療の難しさというのが大いに話し合われました。

そして、「呼吸器専門医」としての、長引く咳の関わり方も大きな議論の対象となりました。

ところで「専門医」って言葉は皆さんもご存知だと思うのですが、「専門医」が具体的にどういうものかを詳しくご存知の方は多くないようです。

「専門医」って、いったい何なんでしょうか?
そして「専門医」って、どのように使ったらいいのでしょうか?

今日はそんな「専門医」について、お話してみようかと思います。

そのクリニックは何が「専門」?

ところで、内科系のクリニックの診療科をみると、通常「内科」「消化器科」「呼吸器科」「循環器科」などと、そのクリニックが診察できる科目が並べられています。
このようなクリニックでは、これらをすべて専門的に診れると思われる方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、一人の医師がそのすべての専門研修を行うことは基本的には(制度上)できません(複数の異なる科の専門医が在籍していれば、それぞれの専門治療をそのクリニックで受けられる可能性はあります)

そして、だいたいは「内科」の後ろに掲載している科目が、そのクリニックの専門であることが多いです(でもあとでお話しをしますが、内科医なら、自分の専門以外の科も「ある程度」は診れますので、表記が誤っているとは言いきれません)。

そのクリニックが何を「専門で診れる」かを確実に判断するには、その先生がどんな専門医を持っている(持っていた)かを見てみるのが一番確実です。


ちなみに「専門医」の有無は、ホームページなどで公表されている先生とそうでない先生がいらっしゃいます(ひっそりと、仕事に追われることなく自分のやりたい医療だけを突き詰めたいとお仕事をされる先生方も少なくないのです)。

ホームページでわからない場合は、その「専門医」を運営している学会のホームページに行けば、専門医名簿が載っています(例えば呼吸器専門医の名簿は日本呼吸器学会のホームページに掲載されています)。
こちらで検索していただけると、どこに専門医がいるのかがわかるのです。


最近は、本当の自分の専門の科だけに絞って載せるクリニックも増えてきました(当院でも私の専門である「内科」「呼吸器内科」「アレルギー科」しか掲載していません)ので、患者さんにはどこのクリニックがどんな特徴を持っているのか、わかりやすい時代になってきました。

 

一方、新し目のクリニックでも、患者さんを集めたいが故に、医師の経験の少ない科(あるいは全く経験のない科)を表記してしまう医療機関も一部には存在しているようです(例えば「内科」「小児科」「皮膚科」などは、基本的には両立し得ません)。

専門研修どころか、ろくに経験もしていないのに患者集めのために掲げてしまうような医師も残念ながら存在します(現行の制度では、それは違法にはならないのです)。

そして、そんな医療機関では、小手先の事しかできず、結局患者さんが治らずに困ってしまうことが多いようです(当院にも残念ながらそのような相談が非常に多いです)・・・

医療機関を探される際に心がけておいていただきたい重要な点です。



内科医のキャリア

さて、ここで、我々「内科医」がどのようにして「専門医」にまでたどり着くのか、すこしお話ししてみようと思います。

まず、我々は「専門医」の前に「内科医」です。
現在の日本では、すべての科を経験する2年間の初期研修が終了した若き医師は、内科や外科、小児科などなど、どの領域を自分の専門にするかを決めて、その科に進んでいきます。

「内科」を選択した場合は、通常「内科」の中でもどの領域の内科を専門にするかを決めるのが一般的です(外科も内科に似ているようです)。

例えば我々の「呼吸器」のほかに、「消化器」「循環器」「脳神経」「腎臓」「糖尿病・内分泌」「膠原病」といった具合です。

もちろん「内科医」ですので、自分が選択する科以外の領域も、すべて一通り経験します(例えば夜間の救急外来などで、一人の医師が、独力で救急車も含めすべての科に対応しなければならない業務のある病院は少なくないので、そのような夜間当直業務は肉体的にだけでなく精神的にも大変なプレッシャーなのですが、この経験が内科医としての懐を深くするとも言えます)。

そしてその研鑽の結果、「内科認定医」「内科専門医」が取得でき(これらは制度の変更で名称が後者に変更になったのですが、どちらかはほぼすべての内科医がもっているはずです)、さらに高度に網羅的な知識を得た場合は「総合内科専門医」の資格を得ることができます(こちらは「内科専門医」よりも一段難易度が高い資格で、持っている内科医は多くはありません)。

内科クリニックの中には外科から内科に鞍替えされている先生もいらっしゃり、その場合は「外科専門医」をお持ちのことが多いです。

その他の科から内科に鞍替えする例は非常に少ないので、おそらくどこの内科クリニックの院長先生でも、このどちらかはお持ち(もしくはかつて持っていた)のはずです。


専門医取得までの道のり

そしてその上で、自分の選択した専門科に所属し、その専門科についてより多く経験し、より深く学んでいくことになります。

そして、おおよそこれらの修業を最低7~8年程度経験すると、専門科の専門医を受験できる資格が得られます(自らの興味が変わったため「転科」をする先生も時々いらっしゃいます。ただ、一つの科の体系的な知識を得るには1-2年では短すぎ、これでは十分な診療力がつかないので、科を転々をするような医師はあまりいません。現在は内科にとどまらず、小児科や耳鼻科までも含め横断的にいろんな科をみる「総合診療専門医」というのもあり、総合的に知識を網羅したい先生は「総合診療科」などに進み、横断的に診察できる専門能力を身に着け、この資格を取得されるケースも増えています)。

しかるべき施設に規定期間在籍して修練したこと、定められた疾患を主治医として診療していた経験を有すること(その証明として症例レポートを提出させる学会が多いです)、そして筆記試験(科によっては口述試験があるところも)に合格することで、初めて「専門医」の資格を得ることができます。

というわけで通常「内科医」は、内科認定医、内科専門医、総合内科専門医の他に、より細分化された「○○専門医」という資格を持っていることが多いのです(取得するには先ほどお話したように時間と手間がかかるため、病院勤務の若い先生ではこれから取得するという方もいらっしゃいますし、一方で資格を維持することにも手間と時間がかかりますので、過去に取得したものの、すでに資格を返上されているベテランの先生もいらっしゃいます)。

 

ガイドラインって何?

今の治療には、どの病気にも「ガイドライン」と呼ばれる、病気に対する治療の「教科書」みたいなものがあります。

「ガイドライン」は、データが集まることで治療の根拠となった「エビデンス」に基づいて作られており、新しい「エビデンス」が出てきたり、既存の「エビデンス」がより強固になったりすると定期的に改訂され、「標準的治療」(=その時点で医者が行うべき治療)が記載されます。

そしてこの「ガイドライン」に従うと、ある程度の質を担保した診療を行うことができます。
現在の医療には欠かせないものです。

ですので、「ガイドライン」があると、その科の専門家でなくても、ある程度の治療は行うことができます。

例えば、私のような「呼吸器内科医」というのは、呼吸器疾患以外の病気は(もちろんある程度の知識、経験はあるのですが)専門的な訓練を受けていないので、呼吸器の病気ではない「関節リウマチ」を徹底的に学びこむということはしてないわけです。

そんな我々でも、「関節リウマチ」の治療ガイドラインというものを参照すれば、そこには最新の知見を散りばめた治療法が書いてありますので、大間違いをせずに治療ができるという訳なのです(もちろんその「ガイドライン」を正しく理解するには、内科の基本的知識が必要です)。


では、「専門医」の役割は?

じゃあ、「ガイドライン」さえあればいいのでは・・・?

いやいや、人体はそんなに甘くない。

そもそも、人間の体は、誰一人同じ造りの人はいません。
そして、その症状の経過、バックグラウンドなども、当然すべての人で異なります。


病気は、「ガイドライン」だけで完全に治療することは出来ないのです。

もちろん、「ガイドライン」に全く意味がないわけでもありません。

典型的な症状、経過であれば、もちろん「ガイドライン」通りに治療してうまくいくケースは多いですし、典型的じゃない症状、経過でも「何となくガイドラインのここの記述に近いな・・・」というのはもちろんあるので、どんな疾患も、まずは「ガイドライン」を参考にしながら、治療をはじめてみるわけです(根拠を持ってあえてガイドラインから外れる治療を選択することもありますが、ガイドラインを知らずにテキトーに治療するのは論外です。だから我々医師は一生勉強を求められる責任を負っているのです。好きじゃなきゃやってられません・・・

そして、ガイドライン通り治療してもなかなかうまくいかない方や、そもそもガイドラインに載るような典型例に全く当てはまらないような方などが、「長引く咳」の方として残ってきます。

専門医は、そのような方々の治療を行って症状の改善につなげなければならないという使命を負っているのです。

つまり、私たち「呼吸器専門医」のもとには、他の医療機関で残念ながら改善が得られなかった「長引く咳」のような方が多くいらっしゃるのですが、そのような方はすでに「ガイドライン」通りに治療したものの良くならなかった方、そしてそもそも「ガイドライン」に当てはめることができずに、治療がなかなかうまくいかないという方が多くいらっしゃいます(そもそも今まで「ガイドライン」に従った治療をされていなかった場合は、もちろんそこからやり直しですが)。

つまり、「ガイドライン」がすでこれ以上使いにくい状態で、どうにか対処するというのが、「長引く咳」に対しての「呼吸器専門医」の役割、という訳です。


「専門医」ってみんな一緒?

で、そんなときに他の専門医の先生はどのように症状に対峙しているのか、福岡ではその意見交換をしてきたのですが、まあ病気の考え方、検査の組み立て方、治療の組み立て方は医師によって本当にそれぞれでした。


私たち呼吸器専門医は、ガイドラインにまだ反映されないような新しい論文も常に勉強しています。

ただ世界中の論文は星の数ほどあり、ひとつの分野だとしても全てを読むのは物理的に不可能です。
日々の診療の中で未知の事柄に触れたら、そのことを調べる、その積み重ねが私たちの知識になります。

また、診察を通じて得た経験も私たちの「経験知」となって蓄積していきます。

専門医のところには、当たり前ですがその専門領域の病気(しかも結構込み入った、我々にしてみたら「難易度の高い」状態の方も多い)の方が多く集まり、その分野の診療機会が多くなります。

ですので、当然専門領域の「経験知」もどんどん蓄積されていきます。

その「経験知」が、対応力を向上させるツールになるわけです(これは他の職業の方も同じだと思います)。

その経験は医師によりさまざまで、それぞれが持っているスキルも少しずつ変わってくるわけです(ですのでこのような専門医同士の経験の共有は、とても大事な機会になるわけです)。


「ガイドライン」は万能じゃないの?

ここでもうすこし「ガイドライン」の話をしてみましょう。

例えば、長引く咳では、ガイドラインには「咳喘息」「気管支喘息」「後鼻漏」「逆流性食道炎」「肺がん」「結核」などなど、いろいろな病気を見極めるように定めています。

そして(ここではごく簡単に書きますが)「今までも同じような症状があって、夜間に症状の出やすいときは喘息」「アレルギー性鼻炎を合併するときは後鼻漏」「胸焼けやげっぷがあって、食後や横になった時に咳が出るときは逆流性食道炎」の可能性が高いので、その病気について良く調べるよう書かれています。

ところが際の世界は、それほど簡単ではありません。

例えば「昼に症状の出やすい、今回初めて出た喘息」「アレルギー性鼻炎はあるけど、後鼻漏がない長引く咳」「胸焼けやげっぷはないけど、咳でこみ上げる胃酸の逆流」など、典型的ではない例は少なからず存在し、そのバリエーションにはキリがないのです。

さらには、これらが合併することも少なくありません。

以前も書いたように喘息とアレルギー性鼻炎は合併しやすいですし、もともとある咳のせいで胃酸が逆流しやすくなる場合もあります。
組み合わせはほかにも様々考えられ、それが2つでなく3つ以上が合併している場合も・・・


ここからが「専門医」の本領発揮です

そして、これらは患者さんがすべて自分から教えてくれるわけはありませんし、ましてや患者さんが「タグ」を下げてやってくるわけでもありません。

 

ここで「経験知」を用いて、こちらが患者さんの年齢、症状、問診内容から、体形、話し方、雰囲気などの、言語化できない「勘」みたいなものまでもフル活用して、探っていくのです。
つまり、問診で「何を聞くか」検査で「何を調べるか」というのが精度高く出来るかというのが、正確な診断をつけるための大きなスキルになるわけです。

そして何よりそれを、非常に短い時間で行わなければなりません(最近の当院の状況では特にそうです・・・)
場数」「慣れ」も、大事な要素となるのです。


その上、これらがしっかりとはまっても、なかなか治療がうまくいかない人もいるわけです。

住環境や職場環境が悪い、吸入薬があっていない、うまく吸えていないという、比較的メジャーな落とし穴から、仕事内容が咳を悪化させている(コールセンター勤務の方、学校や幼稚園、保育園勤務の方は声の出しすぎで症状が悪化しやすいです)、声がれを避けたいために、意図的に浅めに吸入薬を吸っていたなど、「経験知」がないとなかなか気づけない落とし穴もあります。


さらには、これらを解決しても、それでもなかなか咳がなくならない場合さえあります。

今まではそれが謎でしたが、ここ最近になって、知覚神経の過敏症が起きると、通常の治療をしっかり行っても症状が残ることがあることがわかってきました(「咳過敏症症候群」という病態で、こちらのブログで詳しく説明しています)。
まだ専門医以外ではほとんど知られていない病態で、これを知らなければ当然治療はできません(新しい概念ですので、「ガイドライン」にも詳しくはまだほとんど載っていないのです)。

ここら辺も、やはり「専門医」ならではの、「ガイドラインより深い知識」が必要になってくるわけです。


困ったときには専門医に頼ってみてください

先ほどもお話ししたように、一般の内科医(内科認定医や内科専門医)であれば、一通りの治療を一定レベルで行うことは出来ます。
近くに都合よく自分の症状を診るのが得意な専門医がいる可能性は高くはありません。

ですので、どんな症状でもひとまずお近くの医療機関にかかっていただくことは全然問題はありません。

しかし、ある程度の治療をしたものの症状がなかなか改善しない、状態がなかなか良くならないということは起き得ます。

そんな時は、「ガイドライン」の例外が起きている可能性が少なくありません。

やはりそんな場合は、「専門医」にかかって頂き、「専門医」の持っている経験、勘などに頼っていただきたいのです。




呼吸器以外にもいろんな専門医がいらっしゃいます

「長引く咳」など、呼吸器の難しい複雑な病態を解明し、早期に適切な治療を選択できることは、呼吸器専門クリニックである我々の強みです。

一方、消化器、循環器、糖尿病、腎臓、脳神経、膠原病などなど、それぞれの専門医の先生方は、それぞれの領域で「ガイドライン」より深い治療を展開してくれています。
茅ヶ崎にはこれらの領域の先生がバランスよくいらっしゃいます。

私どもも、呼吸器以外の疾患で「ガイドライン」レベルの治療で十分な効果が得られない場合は、積極的にその科の専門医の先生に治療をお願いし、どのような症状でも皆さんが速やかによくなれるように連携しています(当院には循環器専門医、消化器専門医は在籍しておりますので、これらの病気の場合は院内で「専門診療」を行うことが可能です)。


専門医を受診される場合は、かかりつけの先生に相談をされて、紹介状をもらってきていただくと、今までの経過や、それまでのかかりつけの先生がどう考えて治療していたかがわかり、非常に引き継ぎやすくなります。

是非(その先生が優しく相談に応じてくれるキャラなら)かかりつけの先生に相談されてから、「専門医」の受診を考えてみてください!(相談が難しそうな雰囲気の場合は、もちろん無理をしていただかなくても結構ですよ!)

投稿者: 茅ヶ崎内科と呼吸のクリニック 院長 浅井偉信

SEARCH

ARCHIVE