相変わらず咳が長く続く方、多くいらっしゃいますね・・・
先日、当院に2024年4~9月に当院に保険診療でいらっしゃった新患の方のデータをまとめてみました。
すると、この半年で当院にいらっしゃった新患の方全体(2340人)の2割弱の発熱、感染症外来の方を除くと、そのうちの86%の方が咳の方でした(ちなみにアレルギー症状まで含むと全体の91%でした。当院では循環器専門外来、消化器専門外来も行っていますので、この数字も含んだ上です)。
咳でお困りの方の最後の砦として当院がお役に立てているだろうことがわかり、ありがたいと思う一方、改めて身が引き締まる思いでした。
そんな「咳」という症状は、日常的によく起こる症状の一つですが、その原因は多岐にわたります。
以前こちらでもお話したように、咳はその続いている期間の長さで、原因が変わります。
長引く咳に関しては、この院長ブログでも何度も触れているように、気管支喘息、鼻炎、胃食道逆流など、感染症ではない様々な原因が考えられます。
一方、割と出てすぐ(3週間以内)の咳は、やはり、風邪や気管支炎をはじめとする感染症が原因であることが多いです。
そうすると、多くの人は咳が続くと「細菌感染が関与しているのではないか」「抗生物質を飲めば治るのではないか」と考えがちです。
そして、一般的な医療機関では、この状況に対して「抗生物質」を出されるケースが少なくありません(本来は「抗菌薬」という用語を使うべきですが、わかりやすさ重視でここでは皆さんに馴染みやすい「抗生物質」という用語で説明していきます)。
しかし、当院では「抗生物質」をお出しするケースが、他の医療機関と比べて非常に少ないというのが一つの特徴です。
中には「抗生物質が欲しいです」とお話をされる患者さんもいらっしゃるのですが、当院では抗生物質の処方について、ある考えをもって行っており、必ずしも期待にお応えしているわけではありません。
もちろん呼吸器が専門でない医療機関の治療方針をディスる訳ではないのですが(私たち呼吸器専門医も、一旦専門から離れると他の科の専門医ほど専門的には診察は出来ないわけで・・・)、我々呼吸器専門医は共通して、咳と抗生物質との適切な関係を常に考えています(呼吸器を前面に出しているのに抗生物質をやたら出す医療機関は、少し受診を考えたほうがいいかもしれません)。
そこで今回は、専門医の視点から考える「咳と抗生物質の関係」という論点で、「咳が出た時に、本当に抗生物質って必要なの」という点をお話してみようと思います。
「長引く咳」とは?
そもそも「長引く咳」ってどれくらい続いたら言うのでしょうか?
先ほどもお話をしたように、定義上は3週間以内の咳を「急性咳嗽」というので、それ以上であれば一般的には「長引く咳」です。
でも、3週間って、それだけでも正直かなり長く感じますよね・・・
でも実は一般的に、感染症による気管支炎では、咳が2週間以上続くことは珍しくありません。
ある研究では、急性気管支炎における咳嗽の持続期間の平均は17.8日とされています。
なので、1~2週間程度の咳は、実は「長引いている」の範疇には入らないものなのです(ここら辺、学問としての定義と、患者として感じる感覚に、乖離は出てしまうなとは感じています)。
急に起きた咳の原因の多くはウイルス感染
では、いわゆる「急性咳嗽」の原因である感染症、そこに抗生物質は必ず必要なのでしょうか?
風邪や気管支炎など、急性気道感染症の原因の約90%は「ウイルス」によるものであり、細菌感染の関与はごく一部に限られます。
ところで時々誤解をされるのですが、「細菌」と「ウイルス」はまったく違う生き物です。
そして、抗生物質は「細菌」に対して効果を示すものであり、「ウイルス」が原因であれば、抗生物質はまったく効果がありません(コロナウイルスには抗生物質が効かなかったので、これだけ大パニックになったわけですよね・・・)。
細菌性の気道感染症は限られる
一方、肺炎の原因は通常細菌であることが多く、比較的元気な方なら、有名どころでは肺炎球菌、肺炎マイコプラズマ、インフルエンザ桿菌(インフルエンザウイルスとは全くの別物です、紛らわしいですが・・・)、肺炎クラミジアなどが多くを占めています。
確かにこれらは抗生物質が効果を示す病原体ですが、レントゲンを撮ると、肺炎なら当然影が映るので見分けることができますし、採血検査も大きなヒントとなることは多いです。
ただ、確かにレントゲンで影が映らない「気管支炎」が細菌(特に肺炎マイコプラズマや肺炎クラミジアなど)で起きている可能性もないとは言えません。
が、そのような場合でも、症状の特徴(細菌性なら通常38℃以上の熱が出たり、脈拍や呼吸が速くなるという症状が伴います)や周りの状況(肺炎などの細菌感染症の方が周りにいたか)、その時の流行状況などから判断できる場合も少なくありません。
とはいえ、現実は100%見極められるわけはありません。
専門医でないと見極めが簡単でない上、我々専門医でも100%の精度で見極めるのが不可能ですので、結局は「念のため抗生物質を使いましょう」という戦略になってしまいがちなのです。
「念のため抗生物質」って正しいの?
では、「念のための抗生物質」という作戦には、問題はないのでしょうか。
最初にお話した通り、急に出てきた咳の90~95%は、抗生物質は必要な状態ではありません。
残りの5~10%のうち、しっかりと診察をすれば、相当数の抗生物質が必要な病気を見極めることができます。
そうすると本当に抗生物質が必要か迷うのは2~3%程度の確率となるでしょう。
「抗生物質」には副作用が・・・
一方で、こんなデータもあります。
風邪で抗生物質を使用した際、下痢や吐き気、嘔吐、皮疹など、副作用による症状が起きる確率が、他の症状を緩和する薬のみを使用した際と比べるとおおよそ2.6倍に増えてしまったというデータですCorey GR. et al. Short-course therapy for bloodstream infections in immunocompetent adults. Int J Antimicrob Agents. 2009;34(4):S47-51。
特に下痢は、腸の中の腸内細菌のバランスを崩して起こってしまうケースが少なくなく(腸の中の善玉菌が抗生物質で殺されちゃうわけです)、そうすると体の他の部位にも長く悪影響を及ぼしたり、免疫力がかえって下がってしまったりするリスクもあるわけです(今話題の「腸活」と逆のことをしてしまっているわけですね)。
「抗生物質」と「耐性菌」
また、このブログでもお書きした通り、抗生物質は、頻繁に使うことでそれに効かなくなる「耐性菌」を生み出してしまうという側面もあります。
そしてこれは、いわゆる「なんでも効く抗生物質」でより顕著におきやすくなります(つまり裏返しである「何にも効かない耐性菌」を生み出しやすくなるのです)。
お金もかかっちゃう
もちろん抗生物質もタダではありません。
もし診断を外したら(皆さんの財布にも、そして国にも)余計なお金もかかってしまいます。
細菌性だって自然治癒はありえる
そして実は、細菌感染が関与する場合でも、抗生物質を使用しなくても自然治癒することは少なくないのです。
急性気管支炎で抗生物質を使用しても、咳の持続期間を大幅に短縮する効果はないとする研究報告が実は多いのです。
すぐに抗生物質に飛びつかない「延期処方」とは?
それでは、2~3%の可能性のために、ここまでリスクを負う必要が、果たしてあるのかということを考える必要があります・・・。
そんな中、最近では抗生物質の「延期処方」という考え方に注目が集まっています。
最初からむやみに抗生物質を使用するのではなく、その後の経過が思わしくなかったり、あとから細菌性感染と分かったらそこから抗生物質を開始するという方法です。
2023年のシステマティックレビュー(こちらのブログで紹介した、一番信頼度が高いタイプのデータですね)では、抗生物質をすぐに投与した場合と、延期処方をした場合で、発熱、痛み、咳、鼻水などの症状の改善までの期間には差が出ず、症状が悪化して1か月以内に再度受診した割合も差が出なかったとのことでした。
そして患者さんの治療満足度にも差は出なかったとのことです。Spurling GKP, Dooley L, Clark J, Askew DA: Delayed antibiotic prescriptions for respiratory tract infections
もちろん耐性菌リスクの低減やお金の面では大きなメリットはあるため、この結果から考えると、やみくもに抗生物質を使うことはあまりいい方法とは言えないということになります。
私たちが考える「抗生物質を使用すべきケース」
一方、私たちが咳で抗生物質を必要かなと考えるのは、以下のようなケースです。
・症状から細菌感染症(発熱、呼吸困難、胸痛、湿性咳嗽)を疑い、採血やレントゲンなどから、今後抗生物質がないと悪化しそうと判断した場合。
・発熱をきっかけとして乾いた咳が続いており、他の原因(喘息、アレルギー、胃食道逆流などなど)の特徴がなく、周りにも同じような症状の方がいた場合(マイコプラズマ、クラミジアなどを疑います)。
・百日咳が疑われる場合:夜間の激しい発作性の咳、吸気性に笛のような音を伴ったり、周りにそんな症状の方がいたりする場合。
・副鼻腔炎の症状が比較的重い(膿のような鼻水、顔面痛、発熱の症状が長引く、また一度下がった熱が再度上がってくる)場合。
・基礎疾患(高齢者、COPD、慢性気道感染、糖尿病など)がある場合(免疫力が弱いので、最初がウイルスでも弱ったところに細菌が襲ってくる「二次感染」というケースがあります)。
逆にこれに当てはまっていなければ、すぐに抗生物質に飛びつくのはあまり得策とは言えないかもしれません。
抗生物質は適材適所で!
咳が続くからといって安易に抗生物質で治療することは、患者さん個人にとって思ったよりもメリットはなく、デメリットも案外多いものです。
そして、無駄な抗生物質の使用は、耐性菌や医療経済の面といった社会の面からもデメリットが少なくありません。
やはり、しっかりとした医師の判断で使っていただきたい薬剤だなって思いますので、診察の時にはしっかりと医師とコミュニケーションをとって、納得した治療を受けて頂きたいなと思っています!
最後にお知らせ!
そのような咳の方に当院を是非ご利用頂きたいのですが、当院に受診希望の方のお問い合わせが非常に多く、一方そのご希望に十分お応えできていない状況です。
中でも「当院の新患予約が全く取れない」というお声を多くいただいております。
当院では、新患のご予約は数日前からしか開放しないことになっています。
以前は無制限だったのですが、そうすると1か月以上前からご予約が埋まってしまったうえに、その後症状が改善したなどで無断キャンセルとなってしまった例が相次いだための対応ですので、ご理解頂けましたら幸いです。
言い換えると、新患枠は毎日順次空いていくということでもあります。
ですので大変ご面倒をおかけしますが、受診ご希望の方は適宜予約サイトをご覧いただきますようお願いします(内科・呼吸器科医師枠であれば、2~3日後と割と直近でもお取りできることはあるようです)。
※なお、どの枠が何日前に空くかとのご質問には枠の管理上お答えいたしかねますのでご了承ください。
また4月以降は、さらに呼吸器診療枠を拡張する予定です(詳しくはまた後日お伝えします)。
加えて、当院では今年の夏以降、お隣平塚で、新しく当院と同様のコンセプトのクリニックを開設することとなりました!
当院の今の規模ではなかなか皆様の需要にお応えでできていない現状を、根本的に解決しようと、我々も今回大きなチャレンジに踏み出すことに致しました!
こちらも少し先の話になりますので、詳細が決まり次第、皆様にお知らせしたいと思っております!