つい数日前までは半袖でも暑かった気温が、ジェットコースターのように急降下・・・
秋の急激な気温の変化は体調の変調、特に喘息などの咳の悪化につながりやすいことは以前もお話ししましたが、余りにも急激な変化過ぎて、とにかく当院の電話は鳴りっぱなしです(T_T)
ところで、当院は20~40代の比較的若い方も多くいらっしゃるクリニックですので、妊娠されて出産を控えられている方が少なくありません。
ですので、ここ最近の急激な気候の変化で、喘息が悪化してしまった妊婦の方のお問い合わせが急増しています。
はじめに一番言いたいことから言います!
妊娠した際こそ、喘息の治療は決して中断することなく、確実に、慎重に行ってください!
妊娠中はどうしてもおなかの赤ちゃんへの影響を考え、薬について慎重になられる方が多いです(当然の事ですよね)。
特に気管支喘息を持つ方は、妊娠中の吸入薬、内服薬の使用をどうしようかと悩まれる方が少なくありません。
「薬を使い続けることで赤ちゃんに悪影響があるのでは?」という不安から、妊娠を機に自己判断で薬を中止してしまう方も実際にはいらっしゃいます。
しかし、実際には喘息治療を中断することでお母さんと赤ちゃんの健康が危険にさらされることがあります。
今回は、喘息の方が妊娠をするとどうなるのか、妊娠中に喘息が悪化したらどのようなリスクが生じてしまうのかということについてお話をしたのち、次回に治療薬についての具体的なお話をしてみたいと思います。
妊娠すると喘息は悪化する?
気管支喘息の方が妊娠すると、その症状が変化することがあります。
ある統計によれば、妊娠した喘息の方の約1/3が症状が悪化傾向となるといわれています(約1/3は逆に改善し、そして残りの約1/3は変化しないとも報告されています)。
この変化には個人差がありますが、特に中等度から重度の喘息の方で悪化するリスクが高いとされています。
女性ホルモンが与える喘息への影響
妊娠中の喘息の悪化には、ホルモンや体の機能の変化が深く関与しています。
まずはホルモンの変化の側面から見ていきましょう。
妊娠中は、エストロゲンやプロゲステロンといった女性ホルモンの分泌量が増加しますが、これらのホルモンは、気道や肺にさまざまな影響を及ぼします。
たとえばプロゲステロンは、呼吸中枢を刺激して換気を増加させる(つまり呼吸が早く、強くなる)とされています。
喘息の方の気道は乾いた空気に弱いため、気道の過敏がある喘息の方では、悪化が誘発されやすくなることがあります。
また、エストロゲンは血管からいろいろな成分が漏れ出しやすくする作用(血管透過性といいます)を高めます。
気管支喘息では気道に炎症が起こっているのですが、血管から白血球が漏れ出しやすくなると、気道の炎症部位に白血球が集まり、炎症を助長してしまいます。
これにより、喘息の炎症が悪化することがあるのです。
免疫機能の変化も影響します
妊娠中、お母さんの免疫系はお腹の赤ちゃんを保護するために変化することがあります(免疫寛容状態といいます)。
この中で、炎症性のサイトカイン(炎症に関与する物質)が過剰に分泌し、これによって気道の炎症を悪化させることがあります。
また妊娠中は体が特定の刺激に対して敏感になることがあり、アレルゲンや大気汚染物質、ストレスなどの影響を受けやすくなります。
これが喘息症状を悪化させる要因になることもあります。
お腹が大きくなると呼吸はしづらい
おなかの赤ちゃんが成長すると、徐々に横隔膜が押し上げられ、肺が十分に膨らみにくくなります。
すると肺活量が減ってきてしまうのですが、喘息の方はもともと肺機能がやや低いことが多く、これによるダブルパンチで息苦しさが助長されてしまうことがあります。
肺への血流量の変化の影響
また、妊娠により体全体の血液量は増加します。
すると肺への血流が増えます。
横隔膜が押し上げられたことによる肺活量の低下は、肺に入ってくる空気の減少(つまり酸素の減少)を招きますが、その一方、肺への血流が増えることで、酸素と血流のバランスが大きく偏ってしまうことになります(換気血流不均衡といいます)。
肺でどのように酸素を取り込んでいるのかということについて詳しくは、過去のこちらの記事を参考にしてもらいたいのですが、簡単にまとめると肺に届いた酸素は、肺胞付近に流れる血流にのって体内に取り込まれるわけです。
そのバランスが崩れると、肺胞における酸素の取り込み能力が悪化してしまうのです。
そんな時に、妊娠により薬の使用を止めてしまった場合、喘息のコントロールが悪化するリスクがさらに高まってしまう訳です。
それでは妊娠中に喘息が悪化してしまうと、お母さん、赤ちゃんにはどんなリスクが起こってしまうのでしょうか?
赤ちゃんの酸素不足
まず、喘息発作が起きると、お母さんの呼吸が妨げられ、血液中の酸素濃度が低下してしまいます。
赤ちゃんの酸素は母体の血液を通じて供給されているため、お母さんの血液中の酸素濃度が下がると、直接的に赤ちゃんの酸素不足につながり、赤ちゃんの発育に悪影響が及ぶ可能性があります。
またお母さんの低酸素状態は、お母さん自身の体にストレスをもたらすことで血圧の上昇(妊娠高血圧症候群)を招いてしまいます。
すると赤ちゃんへの血流が減少してしまい、更なる悪影響をもらたしてしまうのです。
赤ちゃんの発育不全のリスク
また喘息がしっかりコントロールされていない場合、胎盤への血流が減少することがあります。
胎盤は、赤ちゃんに酸素や栄養を供給する重要な器官ですが、その機能が低下すると、胎児の成長が遅れることがあり、低出生体重児となってしまうリスクが高まります。
早産のリスク
さらには、喘息の悪化による様々な母体へのストレスは、子宮収縮を引き起こしやすくしてしまい、早産の原因となってしまいます。
早産になると赤ちゃんの臓器発達が不完全な状態で出産するため、出生後の赤ちゃんの呼吸状態の悪化や免疫力の低下のリスクが増加し、赤ちゃんの呼吸困難になりやすくなったり、感染症にかかりやすくなったりしてしまうのです。
妊娠中の喘息治療は、特に慎重に!
このような影響を防ぐためには、妊娠中にしっかりと喘息の管理を行うことが極めて重要になります。
自己判断で薬を中止することは、お母さんと赤ちゃんの両方にとって危険を伴います。
一方、お母さんの酸素供給が安定していれば、胎児への影響も最小限に抑えられるので、妊娠した時こそ、私たち呼吸器専門医に、喘息の治療を委ねて頂きたいと思います。
それでは、妊娠中にはどのように喘息の治療を行うのか、どの薬がより使いやすいのか、これらについては長くなりそうなので、また次回お話ししてみようと思います。