医師ブログ

2025.07.21更新

いやぁ、暑いですねぇ・・・

今年の夏も記録的な猛暑が続き、多くの家庭やオフィスでエアコンがフル稼働しています。

エアコン

もちろんこのような環境、エアコンは絶対必要不可欠です。
しかし夏の到来、エアコンの利用とともに、咳が止まらなくなったという方のご相談が増えています。

日本の夏を快適に過ごすためには欠かせなくなったエアコンですが、実は咳や喘息の症状を悪化させる要因になることが少なくありません。

喘息

快適と思われる室内環境が、なぜ呼吸器にダメージを与えてしまうのでしょうか・・・?

今回は「エアコンと咳」との関係とその対策について、掘り下げてみましょう!

 

エアコンで咳が悪化することがある!

夏のエアコンは、室温を素早く下げる一方で、屋外との温度の差、湿度の差を生み出します。
この温度差、湿度差が、気道に大きなストレスを与えることがあるのです。
その理由について、少し詳しく見ていきましょう。


冷たい空気はなぜ咳を起こす?

まず、私たちの気道(のどや気管支)には、異物や刺激をキャッチする小さなセンサー、「機械受容器」が無数に張り巡らされています(前回の逆流性食道炎と咳のブログでも触れました)。
いつもはホコリやウイルスを検知すると、「余計なものが入ってきたぞ」と脳の咳中枢に信号を送り、異物を吐き出す咳反射が働きます。

ところが、冷たい空気も、このセンサーに「低い温度」という刺激を与えます。
冷たい空気がセンサーに触れると、「温度が急に下がった!」という強い信号が咳中枢へ伝わり、防御反応としての咳が起こりやすくなるのです。


気道は乾燥にも弱い

次に、エアコンには除湿効果もあります。
そのため、エアコンの冷気は湿度も低く乾燥してきます。

その結果、気道表面を覆う粘液の量が減ってしまいます。
具体的には湿度が40%を切ると、粘膜表面は潤いを失ってしまうと言われています。

本来この粘液は、粘り気のあるゼリー状で微細なゴミや微生物をからめ取る役割を果たし、繊毛という小さな毛がゆっくり動くことで、口から外へ運び出します。

しかし、空気が乾燥する粘液の水分が失われ、ゼリーがかたまりやすく繊毛の動きも鈍くなってしまいます。

その結果、本来なら自然に流れ出すはずの異物がなかなか気道から出て行けず、体は咳を使って排除しようと頑張ってしまうわけです。


冷気は気道の血流も悪くする

さらに、冷たい空気は気道にある血管にも影響を及ぼしてしまいます。

冷気を吸うと、気道の粘膜の下にある細い血管がギュッと縮んでしまい、局所的に血流が悪くなります。
血流が減ると、傷ついた粘膜を修復するための栄養や酸素が届きにくくなり、バリア機能が落ちてしまいます。

すると、気道の粘膜に炎症が起こりやすくなって、余計に咳が誘発されるという悪循環に陥ってしまうのです。

 


エアコン内部の湿気で「カビ」が・・・

また、エアコンを使用する上では「カビ」「ホコリ」なども大きな問題になります。

カビ

エアコン本体は、熱交換器(エアコン内部の金属フィン)とファンでできています。
この中に、「アスペルギルス」や「ペニシリウム」「トリコスポロン」といった、呼吸器に症状を起こしやすいカビが繁殖することがあるのです。

まず、冷房運転中は熱交換器が冷やされ、そこに室内の水蒸気が触れると結露が生じます。
この結露水熱交換器や結露水を受け止めるトレーにたまりやすく、湿気が好きなカビにとって絶好の“水分環境”ができあがります。
エアコンを連日使用すると、毎日のように結露が発生し、水分がずっと居残るので、カビの増殖リスクが高まります。


フィルターの汚れも悪影響!

フィルター汚れ

次に、エアコンは空気中のホコリや花粉、皮膚のフケなどをフィルターで捕まえますが、フィルターの目をすり抜けた微細な汚れは熱交換器やトレーの表面に到達します。
これらの有機物は、カビにとって栄養源になるため、これらの汚れが溜まるほどカビのエサが豊富になります。
特にフィルター清掃をサボっていると、内部に送り込まれる汚れが増え、カビの増殖がさらに加速してしまいます。


「カビ」はエアコンの中が大好き!

さらに、エアコン内部は光が届きにくく、暗所となっています。
カビは暗い場所を好む性質があり、昼間の太陽光や室内照明が届かない熱交換器内部は、カビの繁殖に適した環境です。

加えて、運転停止後は、冷えた熱交換器内部の温度が温かい室温に近づきつつ、湿度だけは残ってしまうため、カビは夜間やオフシーズン中にも育ち続けることがあります。


これらの「結露による水分」「ホコリなどの栄養源」「暗所」「暖かさ」という、カビが大好きな条件がそろうことで、エアコン内部はカビにとって非常に繁殖しやすい場所になります。

エアコンのカビ

これらのカビが、エアコンを運転することによって冷気と一緒に部屋の中にまき散らされると、咳の原因になってしまうのです。

 


喘息があると、もっとしんどい

これらの原因によって、エアコンを使用すると、呼吸器に負担がかかりやすい状況になります。

そして、喘息をお持ちの場合、これらの反応がより起こりやすくなることがしばしばあるのです。

喘息

喘息の方は、気道過敏性といって、気管支が刺激に敏感になるという特性をもっているので、喘息の無い方に比べて、冷たく、乾いた空気への反応がとても敏感になり、咳が出やすくなります。
さらには喘息の方の場合、この気道の冷却、乾燥によって気管支平滑筋が収縮してしまうため、気道が狭くなることで息苦しさを招いてしまうのです。

また喘息の方は、ホコリやカビに対するアレルギーを持っているケースが少なくありません。
ですので、エアコンによってまき散らされたホコリやカビによって気道にアレルギー反応が起こると、これもまた喘息の発作を誘発しやすくしてしまいます。

喘息の方がエアコンで症状が悪化するのは、このような背景によるものなのです。


高齢者、お子さん、免疫の低い方も要注意!

また、高齢者の方お子さんは、体温調節機能が未熟あるいは低下しており、温度差や湿度変化に弱い傾向があります。

子どもの喘息

また、免疫抑制状態(ステロイドや免疫を抑える薬を飲んでいる、がんや糖尿病などを持っているなど)の方も、微量なカビが気道に入ることで、体がカビを排除しきれずに肺の中で繁殖してしまうリスクがあり、エアコンの使い方を誤ると症状が急変することがあります。

該当する方は、エアコンの管理に注意する必要があります。

 


呼吸に優しいエアコンの使い方

では、どのように対処したらよいのでしょうか?

まずはエアコンの使い方からお話ししてみましょう。

まず設定温度外気温との差を5~7度に抑え風量「中」や「弱」に設定して急激な冷却を避けます。

リモコン
また冷気が直接気道に入らないように風向きを設定して、直接冷風が体に当たらないようにすると良いでしょう。
サーキュレーターで部屋の温度を均一にすると、温度のムラがなくなり、設定温度を高く設定しても快適に過ごすことができます。

室内湿度50~60%を目安に設定し、湿度が低くなりすぎるようであれば加湿器や濡れタオルなども活用してみましょう。

マスクを着用すると呼吸時に気道に取り込まれる空気の温度差、湿度差を緩和でき、気道への刺激を軽くすることができます。
またHEPAフィルター搭載の空気清浄機を併用すると、ホコリや花粉、カビ胞子などの微粒子を効率的に除去できます。

 


自分でできるエアコン掃除

次にエアコンの掃除についてお話ししてみましょう。

自分でできる掃除としては、まずはフィルター掃除です。

フィルター掃除
フィルターはできるだけこまめに(最低でも月に一度は)掃除しましょう。

またエアコン内部に水分が溜まり続けないことも大事です。
エアコンの室外機の近くに「ドレンホース」という蛇腹状の細いホースがあるのですが、このホースは内部の結露水を室外に排出する役割があります。

ドレンホース
ドレンホースは長年使用していると詰まってくることがありますので、時々外に出て、ドレンホース内にゴミが溜まっていないか見ておき、詰まりそうな場合は、汚れを取り除きましょう。

また、吹き出し口も結露からカビの黒ずみが生えてくることがあるので、見つけたら早めに掃除してしまいましょう。


年に1度は専門業者にお掃除を!

しかし、一番カビが付着しやすい熱交換器内部は、自力の掃除ではなかなか手が届きません。

年に一度、エアコンを使用し始めるシーズンの前に、専門業者に依頼し、内部ユニットを分解して徹底的にクリーニングしてもらうことが、そのシーズンを快適に過ごせるようにするにはとても効果的です。

エアコン清掃


旅行先や外出先でのエアコン対策

外出先のエアコン使用環境は自宅と異なり、設定温度や湿度管理が適切でない場合があります。
バスや電車の冷房も温度差、湿度差が大きくなりやすいので移動中や宿泊先ではマスクを活用するのが無難です。

マスク
旅行先でも、お部屋が乾燥するようであれば、加湿器を貸してもらったり、濡れたタオルを干したりして、部屋の過度な乾燥を防ぎましょう。

 


喘息の方が夏を切り抜けるには?

エアコンを使用すると喘息が悪化しやすい傾向のある方は、この時期にあらかじめ喘息治療を強めることも効果的です。

喘息は、症状が悪化してから対処するより、症状が悪化する前に予防的に対処するほうが、はるかにコスパがよく、また苦しい思いもしなくて済みます。

まずは、症状がなくても、必ず吸入などの治療は医師の指示通りに続けましょう。


主治医とのコミュニケーションが一番のカギ!

また、その方の1年間の傾向をよく理解してくれる、喘息診療に詳しい主治医の元であれば、症状が悪化しやすくなる時期をあらかじめ先取りし、治療をアップダウンしてくれます。

毎回の受診時に、前回受診時から生じた細かい症状の変化も、隠さずしっかりと主治医に伝えることで、主治医も症状の変化を予測しやすくなります。

主治医とのしっかりしたコミュニケーションが症状コントロールのカギなのです。

コミュニケーション


また、しっかり治療していても症状が悪化することも少なからずあります。

悪化「しそうに」なったら、なるべく早めに発作治療薬(メプチン、サルタノールなど)を使用しましょう。
「苦しくなる前に使用する」ところがミソです(詳しい発作止めの使い方はこちらもぜひ!)

また、発作止めを使用しても苦しい場合は躊躇なく医療機関を受診してくださいね。

 


エアコンを正しく使って猛暑を乗り切る!

毎年続く猛暑、エアコンは欠かせないもののひとつです。
熱中症を防ぐためにも、エアコンは呼吸器に過度な負担をかけないように適切に使用する必要があります。

これらの対策をしっかり行って、過ごしやすく、かつ呼吸器にも優しい夏をお過ごしください!

投稿者: 茅ヶ崎内科と呼吸のクリニック 院長 浅井偉信

2025.07.07更新

当院はおかげさまで咳にお困りの患者さんが一年を通していらっしゃいますが、その中でも4~6月はやや来院される患者さんの数が落ち着きます。

4月から池田医師永山医師、6月から中島医師の診察が始まり、当院はここ数年にはなかった、ご予約の取りやすい状況になっています(昨年同時期に比べて、当院にご来院頂く患者さんの数はおかげさまで8%近く増えてはいるのですが)。


ただこれからは、例年8月のお盆に向けて、混雑が徐々に始まる時期でもあります(なお今年の当院の夏期休診期間は8月10日~8月18日の9日間です。ご不便をおかけしますが、私たちにも少し休みをください・・・)。


この時期、咳の症状にお悩みの方は、お早目の受診がお勧めです。

お気軽に当院にご相談ください!



さて、当院が治療を得意とする「長引く咳」。
その原因として、皆さんもよくご存じなのは「喘息」「咳喘息」です。

また鼻炎による「後鼻漏」によって咳が長引く方も少なくありません。

しかし、「長引く咳」の原因としてもう一つ、頻度はかなり多いながらもしばしば見逃される「ある原因」があるのです。

それが「胃酸の食道への逆流」、すなわち「胃・食道逆流症」です。

逆流性食道炎

「逆流性食道炎」といえば、皆さん一度は聞いたことのある病気だと思います。
でも、胃、食道といった消化器系の病気が、なぜ呼吸器系の症状である「咳」を引き起こしてしまうのでしょうか?



今回は、そんな「長引く咳」の隠れた3大要因の一つ、「胃・食道逆流症」を、「咳」の観点からお話ししてみましょう。

 

「胃・食道逆流症」ってなに?

まずはキホンから。
「胃・食道逆流症」とは?というところからお話ししてみましょう。



胃が胃酸に強いワケ

胃は、口から食べた食べ物を溜めて、消化する器官です。
食べ物を消化するために、「胃酸」が常に分泌されています。

「胃酸」の主成分は皆さんが小中学校でも習った「塩酸」、これはいわゆる「強い酸性」の物質です。

人間の体は通常「酸」には弱いのですが、いつも胃酸にさらされる胃は、そんなことは言ってられません。

胃壁には「ムチン」という粘液と「重炭酸イオン」などからできたゲル状の層に覆われています。

「重炭酸イオン」「アルカリ性」の物質で、胃酸を中和することができます。
そして「ムチン」という粘液は胃壁に効率よくこびりつき、重炭酸イオンを胃壁にずっととどめておくことができるのです。

また、胃壁の構成成分である胃粘膜も酸に強く出来ています。

加えて、この粘膜の下には豊富な血流があり、ここには「酸」によって損傷した組織を、すみやかに修復する栄養や酸素が流れています。
これによって、例え胃粘膜が傷ついても速やかに傷を修復できるという仕組みを持っています。

胃粘膜


というわけで、この3つのしくみによって、胃壁は胃酸からしっかりと守られているのです(このバランスが崩れると胃炎胃潰瘍になってしまうというわけです)。


でも食道は胃酸には強くない・・・

ところが、その上にある「食道」には、このような機構がありません。

ですので、何かしらの原因で胃酸が食道に逆流してしまうと、食道は容易に傷ついてしまうのです。


胃酸が逆流してしまうワケ

では、なぜ胃酸が食道に逆流してしまうのでしょうか?


①食道を閉じる筋肉が弱くなる

胃と食道の境界には横隔膜があり、その近くには「下部食道括約筋」という輪状の筋肉があって、本来は収縮して食道と胃の境目を閉じることで、胃内容物の逆流を防いでいます。

しかし、この括約筋の力が弱まってしまうと、本来閉じているべき場所がゆるんでしまい、胃酸や胃内容物が食道へ逆流しやすくなります。

さらに、胃のなかに食べ物やガスがたまって過度に膨らむと、下部食道括約筋が一時的にゆるんでしまうことがあります。
本来は嚥下と連動してのみ緩むはずの下部食道括約筋が、この過剰な膨張刺激によって無関係に弛緩してしまうと、胃の内容物が逆流しやすくなるのです。

下部食道括約筋


②胃の動きが悪くなり、奥に中身が流れない

また、胃の働きが悪くなり、内容物の排出が遅れても、逆流のリスクが高まります。
糖尿病や自律神経障害などで神経機能が落ちてしまうとこのようなことが起きやすくなります。



③腹圧が高くて内容物が押し戻される

加えて、肥満妊娠などで腹圧が高くなると、物理的に胃内容物を食道側へ押し上げる力が強くなり、逆流が起こりやすくなります。



④「食道裂孔ヘルニア」が生じる

そして、この腹圧によって胃が押されたり、横隔膜が加齢で弱くなったりすると、胃が横隔膜を超えて上側に飛び出してしまうことがあります。

これを「食道裂孔ヘルニア」といい、これが生じると、常に非常に逆流が起こりやすくなってしまうのです。

食道裂孔ヘルニア



「逆流性食道炎」?「胃・食道逆流症」??

ところで、今回私は胃・食道逆流症」と書きました。

皆さんには「逆流性食道炎」という名前が良く知られています。

わざわざあまり知られていない言葉を使ったのは、呼吸器科医師の分際で消化器の病気も知ってるよーってイキってみよう!と思ったから。
では、もちろんありません・・・。


胃カメラで何もなくても・・・

「逆流性食道炎」
は、胃酸が逆流して食道の粘膜にただれを起こすため、胃カメラで内視鏡で直接確認することができます。

しかし、「非びらん性逆流性食道炎」という病態があります。
これは、胃酸が食道に逆流しているにもかかわらず、粘膜に明らかなただれがない状態です。

実はこの状態でも、酸が逆流する回数や時間は、「逆流性食道炎」とほぼ同じか、それ以上の場合があり、咳や胸やけを誘発します。

しかし、食道が荒れていないため、胃カメラで問題ないと言われてしまうことが珍しくないのです。

「胃・食道逆流症」は、胃酸が食道に逆流していることを指すので、食道が荒れていようがいまいがかは関係ないという訳です。

胃カメラで異常がないからと言って、必ずしも「胃・食道逆流症」は否定ができないという点は、診断の上ではとても大事な点になります。



「胃・食道逆流症」の咳は、診断が難しい

しかし、「胃・食道逆流症」は、咳の原因として、しばしば見逃されてしまっています。
その原因として、まさか呼吸器の症状が胃や食道から来てるとは思わないと、医師も患者も考えてしまうということがあります。


加えて、「胃・食道逆流症」他の病気と被ることも多いのです。

例えば、喘息や後鼻漏、長引く感染症などで咳が続いた時、その咳によって腹圧がかかってしまうことがあります。
するとその腹圧によって胃酸が逆流して、先ほどの原因と併せてダブル、時によってはトリプル以上の要因によって咳が止まりにくくなることが珍しくないのです。


喘息や後鼻漏などと診断されて治療してもなかなか良くならない咳の中に、このようなパターンが潜んでいることがあるのです・・・

 

「胃・食道逆流症」が咳をおこすしくみ

さて、「胃・食道逆流症」が咳を引き起こすしくみを見ていきましょう。

咳の刺激の伝わり方

咳は、のどや気管にある「センサー」が刺激を受け取って脳の咳中枢に伝え、反射的に咳を出す流れで起こります。

詳しく見てみましょう。

最初に食道やのど、気管などにある受容器(センサー)が、何かしらの刺激を感じ取ります。
次にその情報は、神経の線維を上って行って脳へ伝わり、脳の「咳中枢」に届きます。
刺激を受け取った「咳中枢」は、この状況を判断し、咳を起こすかどうかを決定します。

「咳をする」と脳が決めた時、咳中枢の指令は、今度は神経線維を下って胸や腹の筋肉、声帯など、様々な場所に送られ、これらを協調的に動かして激しい空気の流れを作り出し、異物を押し出すのです。


胃酸が食道の神経を刺激する

受容器(センサー)には主に2種類あります。

一つが、酸や炎症性の物質に反応する「化学受容器」で、もう一つが、圧力や引っ張りに反応する「機械受容器」です。

のどや気管には「化学受容器」が張り巡らされており、胃酸が逆流すると、「化学受容器」がこの酸の刺激を拾ってしまいます。
ここからの信号は、「迷走神経」の中の「上咽頭枝」という細い線維を上って「咳中枢」へ送られて、咳が出てしまうという訳です。



刺激を受け続けると、どんどん過敏に!

またこのような胃酸逆流が続いてしまうと、「化学受容器」が慢性的に興奮し、迷走神経線維の先端で、炎症性の物質(サブスタンスPやCGRPなど)が作られるようになります。

これによって、今度は神経そのものが炎症を起こしてしまいます「神経原性炎症」といいます)。

炎症を起こした細胞から放出された物質はさらに受容器を刺激し、神経線維全体の敏感度を高めます。

その結果、ちょっとした温度変化や香り、水分の飲み込みなど、普通なら咳が出ない刺激でも咳反射が暴走しやすくなることがあるのです。

さらに、「咳中枢」のある脳幹でも、長期間絶え間なく刺激が届くことによって咳中枢が過敏になってしまい、わずかな刺激でも過剰な咳命令を出すようになります「中枢感作」といいます)。

 逆流性食道炎

こうして末梢(体の末端)と中枢(脳幹)の両面から神経が「咳モード」にロックされ、治りにくい長引く咳へとつながるわけです(この状態を「咳過敏症症候群」といい、コロナ感染とかでも神経が傷ついてこうなったりすることがあります。こちらについては以前こちらのブログ 2023.7.16 コロナの後に続く咳・・・なぜ?どうしたらいい?? で詳しく触れていますので、ご興味のある方はどうぞ!)。



胃酸は声帯にも影響する

また、胃酸がのどに到達すると、のどにある化学受容体が感応してしまうのですが、この際に反射的に声帯が閉じてしまうことがあります。
併せて胃酸の酸そのものが声帯を傷つけてしまうことも相まって、声帯の機能が低下してしまうことがあります。

これによって「声がれ」が出ることが少なくないのですが、これに合わせて「のどのいがいが」や、声帯が閉じることによって生じる「のどのつまり感」が生じることがあり、これらの症状が伴う咳は、「胃・食道逆流症」によるものの可能性が高くなります(この状態を「声帯機能不全」といいますが、これは私たちの世界では最近ちょっとアツい話題ですので、今後改めて詳しく触れてみようかと思います)。



他の原因の咳と、どこが違う?

「胃・食道逆流症」による咳は、他の疾患が引き起こす咳と比べて次のような特徴があります(必ずしもすべてが当てはまるわけではない点には注意が必要です)。

①発作のタイミングと誘因

「胃・食道逆流症」の咳では、食後すぐや、就寝中など、横になったときに咳が増えることが多いのが特徴です。
特に夕食後に横になると逆流が起きやすく、また就寝中は夜間から早朝にかけて咳で目が覚めるケースが目立ちます。

咳の性状

「胃・食道逆流症」の咳は、神経を刺激する咳なので、乾いた空咳が中心で、痰を伴わないことが多いです。
ただし、喘息や後鼻漏など、他の要因による咳と被ることがあり、その時には痰を伴うことは珍しくありません。

③随伴症状の違い

「胃・食道逆流症」では、胸やけ呑酸(酸っぱい液の逆流感)を自覚する人がいますが、これも実は半数程度と言われていて、残りの半数は出ないことが分かっています。

先ほどお話しした、「のどのいがいが感」「声がれ」、「のどの詰まる感じ」も起きやすいのですが、のどのアレルギーや長引く喘息でもこのような症状をきたすことはあるので、やはり診断は一筋縄ではいきません・・・

さらに、先ほどお話ししたように、ダブル、トリプルの要因があると、症状の特徴が大きく様相が変わることがあるので、診断が難しい場合は、専門医にお任せしちゃった方が無難です。


生活習慣の改善ポイント

さて、「胃・食道逆流症」による咳と診断されたらどう対処しましょうか?

まずは生活習慣から見直してみましょう。

咳を抑えるための基本は、胃酸の逆流を防ぐことです。以下のポイントを参考にしてください。


①食事の工夫

1回の食事量を減らし、1日5~6回に分けると、満腹にならずに腹圧の上昇を抑えることができます。
また、脂っこいものや刺激物(コーヒー、チョコレート、炭酸飲料、アルコール、ミントなど)胃酸分泌を促進してしまうので、摂りすぎは避けましょう。
あと、食後すぐに横にならないことや、夕食を遅くとりすぎないことも重要です。

②就寝時の姿勢

咳が止まらない時は、食道への胃液の流入を抑えるため、頭を10~15センチ上げて寝ると効果的です(枕の下に板や枕、タオルなどを入れて対処します)。
仰向けで寝ると逆流しやすい場合は、左を下にして横向きで寝るのも効果的です(胃はは体の左側にあるため、左を下にすると胃が食道より低くなり、逆流しにくくなるのです)。

逆流性食道炎

③体重管理

肥満は腹腔内の圧力を上げ、逆流を助長するので、体重が重い方は減量が効果的です。
適度な運動(ウォーキング、ストレッチ、軽いジョギングなど)は減量に効果がある上、胃を積極的に動かし、内容物を胃の先の十二指腸まで送り届けやすくなるというメリットもあります。

逆流性食道炎

④衣服や生活環境

きついベルトやウエストの締め付けは腹圧を上げるので避けましょう。
喫煙は下部食道括約筋を弛緩させてしまって、逆流を悪化させるため、できるだけ避けたいところです(もちろん「咳」の観点からのまず最初に対応すべき箇所です)。
ストレスは胃酸分泌を増やすため、リラックス法(深呼吸、ヨガ、趣味の時間)を取り入れても良いかもしれませんね。

逆流性食道炎


薬の使い方

これらの対策と合わせ、薬を使っていくこととなります。
症状が軽い場合は市販の胃薬でも一時的に逆流症状を抑えられますが、長引く場合は病院での処方薬のほうがベターでしょう。

胃酸分泌を強力に抑える「プロトンポンプ阻害薬(PPI)」「カリウムイオン競合型アシッドブロッカー(P-CAB)」などに加え、胃を動かして内容物を奥に送り届けてしまう「消化管運動亢進薬」を併用することもあります。

前者が「ネキシウム」「タケプロン」「オメプラール」「タケキャブ」など、後者が「ガスモチン」「ガナトン」などが代表的な薬です。


これらによって2~4週間まずは様子をみて(神経過敏があることがあるので、適切な診断、治療でも改善までずいぶんと長引くことが珍しくないのがイヤらしいところです・・・)、その後の症状の変化具合でさらに見立てを進めていく、というのが、一般的な治療の流れになるかと思います。


なかなか良くならないときは咳治療に詳しい専門医へ!

と、今回もついつい長くなってしまいましたが、胃・食道逆流症による咳は、ここまでお話ししたように診断、治療が簡単でない上に、他の疾患と被るケースが少なくなく実際に適切に診断、治療するのはかなり難しく、私たち呼吸器専門医でも悩ましく思うケースもあるほどです。

やはり長引く咳でなかなか良くならない時は、一度深く掘り下げてみないと見えてこない原因が隠れていることが多いものです。

ぜひそんな症状の時は、私たち呼吸器専門医を頼ってみてください!

投稿者: 茅ヶ崎内科と呼吸のクリニック 院長 浅井偉信

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