医師ブログ

2024.09.16更新

この夏も日本列島には台風が近づいてきました。

8月にやってきた台風10号のゆっくり、そして定まらない進路に、やきもきされた方も少なくなかったかと思います。

台風

そして、やはりと言うか、その10号が過ぎ去った頃から、「台風のタイミングで咳が止まらなくなった・・・」「喘息が悪化してしまった・・・」という方の問い合わせが、目に見えて増えてきました。

喘息
そして、本当の意味での台風シーズンは9月、10月のこれからです・・・

「台風が来ると、喘息が悪くなるんだよ・・・(ToT)」という方、実に多いです。
このような方には、これからしばらくは試練のシーズンとなります・・・


では、なんで台風が近づくと喘息の調子って悪くなるの?
そして、今からどんな対策をとったらいいの?

そんな疑問にお答えするべく、今回は、来たるべき台風シーズンに向けて「台風と喘息の関係」について、少し深く考えてみようかなと思います!

 


ところで、そもそも、台風が近づくと、本当に喘息は悪化するのでしょうか?それとも気のせい??

これに関しての答えは、「確かに台風で悪化はするが、この時期の喘息悪化は、それ以外の要素もあるかもしれない」と言えるかと思います。


そもそも、喘息は9月から10月にかけての秋口に悪化するというのは良く知られています。
その原因としては、以下の要因が考えられています。

気温の変化

寒い

喘息は、気管支が急な環境の変化にさらされると悪化してしまう病気です。
そして、気管支は温度の変化に対してとても敏感です。

喘息が悪化して病院を受診した方たちのデータで、前の日に比べて3℃以上温度が低下したり、過去5時間で3℃以上温度が低下したりすると症状が悪化しやすくなるということがわかっています。村山貢司. 気象の動態と気管支喘息症状 アレルギーの領域. 1998; 5: 574-580.

急激な気温の変化は、自律神経の変化をきたしたり、冷気そのものが気管支の刺激になったりして、気管支を狭めて炎症を起こしてしまうのです。


湿度の低下

乾燥

秋になると夏のジメジメした空気から、徐々に秋のカラっとした乾燥した空気に入れ替わってきます。
気持ちいい空気なのですが、喘息の気管支は乾燥した空気がニガテです・・・

乾燥した空気を吸うと、気管支の細胞の中から水分が引っ張り出され、そのことが刺激になり炎症が起きてしまうのです。


ダニの影響

ハウスダスト

 

ダニは春から夏にかけてどんどん増殖しますが、秋になると徐々に死んでしまいます。
ダニが死んでしまうとその死骸は乾燥して軽くなり、空気中に舞い上がりやすくなってしまいます。
ダニのアレルギーは、その死骸を吸うことで症状が起きてしまうので、秋はダニのアレルギー症状が起きやすくなってしまうのです。

秋のウイルス

ウイルス

他にも秋から流行し始めるライノウイルス、その後流行るRSウイルス秋の流行ウイルスと知られており、この感染をきっかけに喘息が悪化するケースも増えてしまいます。

 

というわけで、そもそも台風が多くやってくる秋は、もともと喘息が悪くなりやすい季節でもあるのです。


では一方、台風との直接の関係はないのでしょうか?

 

気圧の低下と喘息は関係ない?

まずよく言われるのが、「気圧」との関係です。
気圧が下がると喘息が悪化するとよく言われています。

ただ気圧の低下だけでは、喘息の悪化はうまく説明できません。

例えば、高度が100m上がると、気圧は10ヘクトパスカル程度低下すると言われています。
横浜のランドマークタワーは高さ300mなので、上の展望台に登ると気圧が30ヘクトパスカル低下します。
地上の気圧が1010ヘクトパスカルだと、ランドマークタワーの展望室は980ヘクトパスカルになります。

そして、高尾山(標高約600m)に登ろうものなら、その頂上の気圧は950ヘクトパスカルです。

山登り

それってすでに強烈な台風の中心気圧ですよね。

それでもランドマークタワーで展望台にエレベーターで行った人、高尾山に登山をした人たちが喘息でバタバタ倒れるという話は聞きません。

気圧の低下そのもの「だけ」が原因となっているというのは、やや説明しにくいのです。

実際、喘息増悪で救急受診をした方の数と、その時の気象の状況の関係をしらべたデータでは、温度と湿度はやはり大きな影響があったものの、気圧の低下による影響は大きくなく、むしろ気圧の上昇の方が影響が大きかったというデータも出ているのですThe Journal of the Japanese Society of Balneology, Climatology and Physical Medicine 1978; 42:1-13.


では、本当に喘息と台風は本当に関係ないのか?

でも、実際現場で診療に当たっていても、明らかに台風で喘息が悪化する方は少なくありません。
それはこの前の台風10号の時も同様でした。

この時はまだまだ空気は暑く、ジンメリとしており、とてもとても秋の空気ではありませんでした。
台風が近づいたり、やってきたその間も気温は急に下がることなく、ずーっと蒸し暑い状態でした。

まあ、ダニはいるでしょうが、それは台風より前とそう大きく状況は変わりませんね。


ということで、やはり「秋」というだけでは、説明がつかないのです。

そして、実際に「やはり台風と喘息の関係はある!」ということを示すことができる知見もあるのです。


台風で花粉症が悪化する!?

例えば、ある大学で定期的に診察を受けていた喘息患者58人のうち、17人が台風シーズンに悪化しました。
その人たちのスギ、ヒノキのIgE(いわゆる「アレルギー反応を起こす“バカ抗体”」)の数値が、その間悪化しなかった人よりも高かったことがわかりました。Association between typhoon and asthma symptoms in Japan. Respir Investig. 54: 216-9, 2016

スギ、ヒノキアレルギーのある人が台風で喘息が悪化しやすいのです。

でも、なぜ、台風と花粉が関係するのでしょうか?

実は、台風などによる嵐が起こると、湿度と雨風の衝撃によって花粉が膨張、破裂し、細かくなって「マイクロ花粉」となってしまうことで、より細い気管支の奥まで吸い込みやすくなってしまって喘息が悪化してしまうことが知られています(最近はこれらを「雷雨喘息」と呼ぶようです)。
「マイクロ花粉」は嵐のあとにも残っており台風一過の天気回復、吹き返しの風などでより空気中に飛び散りやすくなることで台風通過後にさらに暴露されるリスクが高まります。

台風喘息

台風の通過時、通過した後に喘息が悪化する理由の一つがこの「雷雨喘息」であると言えそうです。


台風になるとカビが舞う

台風喘息

また、2022年の報告では、台風による洪水と呼吸器症状の悪化の関係も指摘されており、都市部に水があふれることで下水道や排水溝に氾濫が起き、その結果そこにいるカビが増殖、まき散らされる可能性が指摘されました。Alexandra M. Peirce, et al. Climate Change Related Catastrophic Rainfall Events and Non-Communicable Respiratory Disease: A Systematic Review of the Literature. Climate 2022, 10(7), 101


また同時に、高温多湿の部屋の環境は、カビの増殖にとって好都合となり、Rorie, A.; Poole, J.A. The Role of Extreme Weather and Climate-Related Events on Asthma Outcomes. Immunol. Allergy Clin. N. Am. 2021, 41, 73–84. 台風による温かくて湿った空気の入り込みがカビの増殖を促し、喘息を悪化させるシナリオも考えられます。

 

「気象病」からも考えてみる

気象病

また「気象病」の観点からも考えなくてはなりません。

台風や低気圧は、喘息だけでなく、「頭痛」や「肩こり」、「めまい」、「関節痛」、「気分の落ち込み」など、様々な症状を引き起こします。

この原因は正直まだよくわかってはいないところも多いのですが、気温や気圧による自律神経のバランスが崩れるときに起きやすいと言われています。

その中でも、気圧の「変動のタイミング」が、ひとつの要因になっているのではという報告があります。

通常大気は、昼間に暖められたり、月の潮汐力によったりして、1日2回気圧の上下を繰り返しています(これを「大気潮汐」と呼びます)。
そして、低気圧が近づくと、この「大気潮汐」が大きくなるのです。

一方、低気圧が近づくと、気圧が数分から数十分の波で変化することが分かっています(これを「微気圧変動」といいます)。
低気圧が近づくと、これが1日に数回起こります。

人間は気圧の一定の変化に常に対応しながら生きているのですが、どうもこの「大気潮汐」「微気圧変動」が重なって、いつもの気圧変動との「ズレ」が起こったときに、体調の悪化を訴える方が増えるようなのです。日本医事新報 (5172): 34-39, 2023. 

そして、この気圧の敏感さは人それぞれで、そのために低気圧による影響も、やはり人それぞれになるのです。


台風が来ることの不安感も悪化の要因

台風喘息

また、喘息はメンタルも影響されると言われています。
不安やストレスが喘息の悪化に影響することは、良く知られた事実です。

台風のタイミングで喘息が悪化した経験をお持ちの方は、はるかかなたに台風が発生した時も、その事実によって不安な気持ちが大きくなり、喘息が悪くなってしまうことも当然ながら起きてしまうのです。



台風に負けないためには、結局は普段からのコントロール!

という訳で、「台風が喘息を悪化させる要因」を考えると、思いのほか複雑な要因があるんだなというのがお分かりいただけたかと思います。

ただ、共通して言えるのが「普段から喘息の調子が思わしくない方」「症状が不安定な方」が、やはり台風で喘息が悪化しやすくなってしまうということです。

普段、症状が良いからと、治療を止めてしまったり(残念ながら「症状が落ち着いたら治療を止めてください」と医師に言われてしまって、医師に言われた通りにしたがために悪化してしまう例も少なくないようなのですが・・・)、治療が弱すぎたり、また吸入薬がうまく使えずに十分に薬が届かないために不安定になったりすることで、台風、低気圧によって喘息が悪化してしまうリスクは残念ながら大きくなってしまいます。

喘息は一度悪化すると、改善するにも時間と労力、忍耐が必要となってしまうことも少なくありません。

喘息をお持ちの方は、ぜひ台風が襲ってくる前に、しっかりと喘息に詳しい医師のアドバイスのもとで万全の備えをしておきましょう!

投稿者: 茅ヶ崎内科と呼吸のクリニック 院長 浅井偉信

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