「診察はほんの数分だったのに、渡された薬だけはやたら立派な数になった・・・」
長引く咳で病院にかかったことのある方なら、一度はこんな経験があるのではないでしょうか。
吸入薬、アレルギーの飲み薬、「念のため」と言われた抗菌薬、そして咳止め。
薬局の袋がずっしり重くなり、「私ってそんなに悪いの?」「本当にこれ、全部飲まなきゃいけないの?」と、少し複雑な気持ちになった方も多いはずです。
実はこの「薬の多さ」には、ちょっと「うーん・・・」ってパターンと、ちゃんと理由のあるパターンという、性質の全く異なる二種類が存在します。
今日はそんな「長引く咳の薬が多くなるワケ」についてお話をしてみましょう。
「とりあえず全部盛り」処方
まず最初に断っておきますね。
すべてのクリニックが「呼吸器専門」レベルで咳の診療を行えるわけではありません。
医師にはそれぞれ「専門分野」が存在しますが、日本の制度上、クリニックでは患者さんのありとあらゆる症状に対応しなければなりません。
ですので、「内科」ではあるものの「呼吸器科」ではない医師や、そもそも「内科」ではない医師も、咳の診療を行うことはあります。
その場合、専門医レベルでの診療は当然できません(その先生はその代わり、自分の「専門」領域の診療を行っているわけです)。
ですので、そのような場合は、当面の治療をして難しければ、私たちのような、より専門性の高い医療機関に紹介して頂ければいいというわけです。
今回話題にしたいのは「呼吸器診療をウリにしているにもかかわらず・・・」という場合です。
そのような医療機関の中で、診断をあいまいにしたまま、吸入薬・アレルギーの薬・抗菌薬・咳止めをひとまとめにして出されるケースに出会うことがあります。
「呼吸器診療」をウリにするのであればについては、正直あんまりなー・・・と思ってしまいます。
これはちょうど、車から異音がして修理に出したときに、原因を調べもせず「原因はちょっと分からないので、とりあえずバッテリーとタイヤとマフラー、点火プラグ、まとめて全部交換しておきますね」と言われるようなものです。
直ったかどうかは分かっても、結局どの部品が悪かったのかは最後まで分からず、しかも本来交換する必要のなかった部品の分まで、しっかりお金を払わされてしまうことになります。
診断を推定する技術と、そこにつなげられるように行う問診は、やはりある程度の専門知識が必要です。
「呼吸器診療」をウリにする以上、そこをすっとばし、「何かに当たれば儲けもの」という対応しかしないというのは、やはり患者さんのためにはならないと思うのです。
問題は「薬の数」ではなく「後から振り返れない」こと
これが困るのは、単に薬が多いからではありません。
一番の問題は、「どの薬が効いたのか、効かなかったのかが、後からまったく分からなくなってしまう」ことです。
咳が良くなったとしても、吸入が効いたのか、抗菌薬が効いたのか、はたまた自然に治っただけなのか、判別がつきません。
いわば、複数の犯人候補に一斉に手錠をかけてしまい、結局誰が犯人だったのか分からなくなるようなものです。
次にまた同じ咳が出たとき、何を頼りにすればいいのか、手がかりが消えてしまうのです。
加えて、本来は不要なはずの抗生物質の投与は、その患者さんの体の中でも、そしてその地域全体においても、薬が効きにくい菌(耐性菌)の出現リスクを高めてしまいますし、他の薬にも副作用が生じることもあります。
また「結局この咳の原因って、なんだったんだろう?」「次に咳が出たらどうすればいいんだろう?」という不安感を残してしまうことにもなりますし、何より余計な出費にもなってしまいます。
本当に絞りきれないときは、私たちも一見似たことをします
とはいえ、正直な話もします。
呼吸器内科の専門医であっても、初診の時点でどうしても原因を一つに絞りきれないケースは、実際に存在します。
たとえば、喘息の中にも、アレルギー反応に乏しい喘息は少なくありません(大人の方の約半分がこのパターンと言われています)。
また、いくつかの原因が重なっている場合もあります。例えばアレルギー性鼻炎からくる鼻水がのどに垂れてくる症状(後鼻漏)と、風邪の後に残った咳が、微妙に重なり合っているようなケースです。
他にも、咳の原因を、そう決めるには決めてがやや足りないというケースもあります(人間の体は、必ず典型的な症状をきたす場合ばかりとは限りません)。
こうしたとき、専門医であっても「診断的治療」(つまり「この薬が効果があったか、なかったかどうかで診断しよう」とする薬の出し方)と呼ばれる形で、抗菌薬や吸入薬など複数の薬を同時に開始することがあります。
この場合、先ほどお話しした「とりあえず全部盛り」と、一見そう変わらない処方になっていることもあるのです。
大事なのは「地図を持っているかどうか」
しかし、ここには決定的な違いがあります。
それは、治療を始める前から「この先どう進むか」という地図(出口戦略)を用意しているかどうかです。
具体的には、こんな見立てを立てた上で薬を出します。
「3日で咳がほぼ消えれば、感染によるものだったと考えて抗菌薬は続け、吸入は一旦やめてみよう」
「効果はもうちょいだけど、残った咳は風邪の残りっぽい成分だけになってきたから、これからは喘息の要素が強いと考えて吸入は続けてみよう」
といった具合です。
さらに、治療のあとに新しく出てきた症状(痰のありなしや性状の変化、喉のイガイガの出現、咳の出る時間やタイミングの変化などなど・・・)を丁寧に拾い直し、次の見立てに活かします。
そして「次に、どれくらいの時期に再度診察に来ていただき、判断するか」というタイミングも考えて、あらかじめお伝えしておくのです。
薬の数ではなく、「次の一手が決まっているかどうか」がすべてです。
つまり「たくさんの薬を一度に出すこと」自体が悪いのではなく、それが戦略を伴っているかどうかが、正しい診断や今後の治療のしやすさの決め手になる、重要な分かれ目なのです。
同じ薬の組み合わせでも、次に何を確かめるつもりで出しているのかが明確であれば、それは怠慢ではなく、むしろ丁寧な診断の途中経過だと言えます。
逆に、その説明が一切ないまま「とりあえず」が延々と続くようであれば、それは少し立ち止まって考えてよい、黄色信号のサインだと思います。
呼吸器内科医が「聞き方」でこっそり見抜いていること
教科書的には、「夜中から明け方に悪化して、ゼーゼーする咳」は喘息、「食べたあとに悪化して、胸焼けを伴う咳」は胃酸の逆流、というふうに、ある程度典型的なパターンが知られています。
でも、ここは詳しくは触れませんが、実際の外来ではこうした「教科書通り」に症状を訴えてくれる患者さんは、むしろ少数派だったりします。
本当に専門性が問われるのは、地味だけれども実は珍しくない、以下のようなケースをしっかり見極める診断力だったりします。
診察中、無意識に鼻をすする仕草を見て・・・
患者さんご本人は気づいていないのに、お話の合間にしきりに鼻をすする仕草をされることがあります。
これは、本人が自覚していない「後鼻漏」(鼻の奥から喉に鼻水が垂れてくる状態)のサインとして、案外見逃せない手がかりになります。
「咳止めがまったく効かない」という一言
「咳止めを飲んでも全然効かないんです」と患者さんが強調されることがあります。
乾いた咳にも関わらず、咳止めが全く効かない場合、気道そのものが敏感になっている(過敏になっている)タイプの咳である可能性を示す、大事な情報だったりすることがあります。
普通の咳止めは、脳に働きかけて咳の指令を弱める薬ですが、気道そのものが敏感になっていると、その指令をいくら弱めても、のど元でずっとむせ続けてしまう、というイメージです。
喘息でこのパターンを取ることが多いのですが、「咳過敏症症候群」などがかぶったりと、喘息がなくてもこのような現象が出やすくなったりします。
「どんな時に咳が出ますか?」で見えてくるもの
「どんな時に咳が出ますか?」とお聞きしたときに、「大笑いした時」「冷たい空気を吸った時」「しゃべっている途中でむせるように」といった答えが返ってくるかどうか。
この「引き金(トリガー)」の特徴ひとつで、見えてくる景色がまったく変わってきます。
聴診で聞こえなくても、あきらめません
普通に呼吸をしていただいているときの聴診では何も聞こえなくても、思いきり息を吐ききってもらうと、そこで初めて「ヒューッ」という音が誘発されることがあります。
すると、気管支が狭くなるタイプの病気があることがわかり、喘息やCOPD(時には心不全や細気管支炎などなど)の診断根拠になるのです。
聴診も、ポイントを意識して行うことで、その結果が変わることは珍しくありません。
自分では気づいていない「隠れ胸焼け」
胃酸の逆流による咳の場合、患者さんご本人は胸焼けをまったく自覚していないことも珍しくありません。
そこで「喉がいがいがしないか?」「声が枯れやすくないか?」「朝起きた時、喉に違和感はないか?」といった、少し角度を変えた質問で拾い上げていく必要があります。
咳の「これまでの道のり」を丁寧にたどる
咳が始まってからの期間や、症状がどう変化してきたかという流れを丁寧に追うことで、「風邪のあとの一時的な咳」なのか、「実は喘息の始まりだった」のかを見分けていきます。
これらは特殊な検査機器がなくてもできる、「聞き方」と「見るポイント」の専門性です。
逆に言えば、じっくり時間をかけて話を聞いてもらえたと感じられたなら、それだけで診療の質はかなり信頼できるものだと思っていただいて良いかもしれません。
これらによって、ある程度の診断の絞り込みが行われていたら、最初に例に挙げた、いわゆる「何かに当たれば儲けもの」という、じゅうたん爆撃的な処方は、する必要がなくなるのです。
喘息の治療で薬が多くなるのには、ちゃんとした理由がある
さて、診断が「喘息」だとはっきりした場合、実はここでも最初は薬が多くなる傾向があります。
ただしこちらは、これまでの話とはまったく別の理由があります。
喘息治療の基本方針は、「まずしっかり抑え込んでから、少しずつ減らしていく」というやり方です。
実はこのような治療方針をとる病気って、あまり多くはありません。
例えば、高血圧では、生活指導をしながらまず少量の薬を使って、少し血圧を下げます。
不十分なら少しずつ薬を増やして、徐々に正常な血圧を目指します。
血圧は、下がりすぎるとそれはそれで問題となり、いきなり増やすと、急に血圧が下がりすぎてふらついてしまうためです。
また生活習慣の改善も治療に大事な要素であり、あくまで生活習慣改善の補助としての薬という側面もあるからです。
一方、喘息という病気の治療目標は「症状が完全になくなること」です。
そして、「症状をなくしすぎること」によるデメリットは、基本的にはほとんどないのです。
ですので、喘息の場合は、しっかり診断したうえで最初から全力で症状を抑えに行くのです。
もちろん生活習慣や環境調整も大事なのですが、努力だけでは如何ともしがたい面が多く、治療のメインはやはり薬となります。
ですので、まずは薬で完全に症状をなくし、その後症状が再燃しないように徐々に減らしていくことが戦略となります。
中途半端に弱い治療から始めて様子を見る、というやり方は、治療が遅れてしまうため、あまりお勧めできないやり方になるというわけです。
喘息でよくある処方パターン
喘息の場合、最初の時点で以下のようなことがまとめて行うことが多いです。
・吸入薬は、まず中くらいから多めの、しっかりした量でスタートする
・発作が出た時に使う即効性の吸入薬も、必ず一緒に処方しておく
・アレルギーに対する飲み薬も必要に応じてしっかり追加する
・合併していることの多いアレルギー性鼻炎や、胃酸の逆流にも同時にアプローチする
これは、冒頭で触れた「鑑別をつけないままの多剤処方」とは似て非なるもので、診断が確定した上で、あえて治療の強さを最初に高く設定しているという違いがあります。
薬が多い初回処方に、戸惑わなくて大丈夫です
大事なのは、「しっかり抑えてから、減らしていく」という地図が、最初からあるかどうかです。
もし診断や治療の見通しについてきちんと説明を受けた上での多剤処方であれば、最初の薬の多さに戸惑う必要はまったくありません。
むしろ「しっかり抑えにいってくれているんだな」と捉えて、指示された通りに使っていただければと思います。
逆に、これといった説明もないまま、ただ「念のための処方」が延々と続くようであったり、薬を変える根拠を聞いても納得が難しい状況であれば、一度呼吸器の専門医への受診や、セカンドオピニオンを検討してみるのも一つの手だと思います。



