朝起きると、まず痰を出す。
風邪をひくと、いつも咳だけが長く残る。
ご家族から「また咳をしているね」と言われる。
そんなこと、ありませんか?
咳や痰も、毎日続いていると、だんだん「いつものこと」になってしまいますよね。
「もともと気管支が弱いから」「もう年だから仕方ないかな」と、自分なりに折り合いをつけている方もいるかもしれません。
でも、その「いつもの咳や痰」に、調べてみると原因が見つかることがあります。
今日お話しする「気管支拡張症」も、その一つです。
きかんし・・・カクチョーショー?
名前だけ聞いても、いまひとつピンとこないですよね。
でもこの病気、実は皆さんが思っているほど珍しくない病気なのです。
でもその割には知名度がなく、また症状もゆっくりと進むため、なかなか受診をしてもらえなかったり、かかりつけでも長い間見逃されてしまって、気づかれたときには大分進行してしまい、すでに治療が難しくなってしまったりという、なかなか厄介な病気なのです。
そして、この病気に最近、新しい治療薬が登場して、この病気の治療法も徐々に変わってきています。
せっかくの機会なので、今回はそんな「気管支拡張症」
そもそも、どんな病気なの?
ほおっておいたらどうなる?
そしてどうやって見つけて、どう治療すればいい?
というところをお話ししてみようかなと思います。
気管支が広がると、何が困るの?
口や鼻から吸った空気は、気管を通り、肺の中へ入っていきます。
その途中で木の枝のように分かれ、肺の隅々へ空気を届ける通り道が「気管支」です。
この気管支の壁が傷つき、広がったまま元に戻らなくなってしまうのが、気管支拡張症です。
「通り道が広がるなら、空気が通りやすくなって良さそうじゃん?」
そう思うかもしれません。
でも、困るのは、太さが変わることではありません。
気管支に備わっている「お掃除の仕組み」が、うまく働かなくなってしまうことなんです。
私たちは毎日、空気と一緒にほこりや細菌なども吸い込んでいます。
それでも、吸い込むたびに肺炎になるわけではありませんよね。
気管支の内側には細かな毛が並んでいて、粘液がその毛を覆っています。
そして、気道に異物が入ってくると、その粘液で異物を捕まえて、細かな毛が上へ上へとベルトコンベアーのように動くことで、異物を追い出してくれているのです。
そして、この粘液などが、痰として外へ出てくるわけです。
ところが、気管支が傷むと、このお掃除が滞るようになります。
痰がたまり、細菌も居つきやすくなる。
すると炎症が起き、気管支がさらに傷つき、ますます痰が出しにくくなる・・・。
気管支拡張症は、こうした悪循環が問題になる病気です。
どうして、そんなことになるの?
とはいっても、この世界で生きている限り、異物は常に気管支に入り込んでいます。
しかし、全員が気管支拡張症になるわけではありません。
では、何が違うのでしょうか。
もともと線毛運動が生まれつき弱かったり、粘液の質が悪かったり、抵抗力が低かったりなどの理由で、細菌を退治する力が十分でなかったりすると、感染が長引きやすくなりってしまいます。
またこうした問題がない人でも、重い肺炎や繰り返す誤嚥などで、気管支が大きなダメージを受けてしまい、自己修復能力を超える傷がついてしまうこともあります。
すると、気管支では細菌と自分の免疫がずっと戦っている状態となります。
ここで困るのが、細菌と戦うための炎症は、長引くと気管支そのものまで傷つけてしまうことです。
細菌を退治するために集まった白血球が、酵素などを放出し続けると、気管支を支える組織や、お掃除を担う線毛のある細胞も傷つきます。
すると支えを失った気管支は、まるで延びきったゴムのように緩んで広がってしまい、そして線毛によるベルトコンベアーの機能が弱るため痰を外へ運び出す力も落ちてしまいます。
その結果、痰がたまる → 細菌が増えやすくなる → 炎症が続く → さらに気管支が傷つくという悪循環に入ってしまうのです。
ただし、「なぜ起こったのか」がすべてわかっているわけではありません。
体質や過去の感染など、いくつかの要因が重なっていると考えられますが、原因を特定できない方もいます。
ですから、気管支拡張症になったからといって、単純に「免疫が弱い」「体が弱い」ということではないのです。
聞いたことがないけれど、珍しい病気なの?
病名の知名度に比べると、患者さんは決して少なくありません。
日本呼吸器学会は、健康保険のデータを引っ張ってくると、国内には少なくとも10万人以上の患者さんがいるのではと報告しています。
年齢が上がるほど患者さんは多くなり、女性に多い傾向があります。
もちろん、長い期間悩まされる咳や痰の原因は、喘息や鼻の病気などほかのさまざまな原因があり、この病気だけではありません。
ただ、「いつも痰が出る人」「咳が出やすい人」という言葉の中に、こうした気道の病気が隠れていることがあります。
しかもこの病気は、非常にゆっくり進んでいくことが多い病気です。
症状が進むまでは病院に行こうとも思わない方も多く、「年のせい」と割り切ってしまって、この病気があるにもかかわらず診断がついていない方が少なくないのです。
「毎朝、痰が出る」も、相談していい症状です
気管支拡張症でよくみられるのは、長く続く咳と痰です。
例えば、こんなことはありませんか?
- 風邪をひいていないときも、咳や痰が出る
- 朝になると痰が絡み、出すまで落ち着かない
- 黄色や緑色の痰が続いている
- 気管支炎や肺炎を何度も繰り返す
- 時々、痰に血が混じる
痰がたくさん出る方ばかりではなく、「絡む感じはあるけれど、うまく出せない」という方もいます。
また、普段はそれほど困っていなくても、風邪などをきっかけに、咳や痰がぐっと増えることがあります。
ここで覚えておいていただきたいのは、「咳や痰が出るから」という理由だけで、ただ咳を止める薬を飲み続けることがよいわけではないことです。
痰がたまっている場合、咳にはそれを外へ出す役割もあるからです。
痰が産み続けられているのに、必要な咳まで止めてしまうと、痰はたまる一方になり、かえって肺の状態は悪くなってしまいます。
その痰は「なぜ」出るのか。
どうしたら、つらい咳を減らしながら痰を出せるのか。
そこを考えることが大切です。
「こんなことで受診していいのかな」と思う必要はありません。
毎日の痰も、原因を調べる十分なきっかけになります。
長年同じだから、このままでも大丈夫?
先ほどもお話ししたように、この病気は、徐々に気管支が破壊されることから、進行が非常に遅いケースが少なくないです。
ただ、この病気は適切な対処をしないと、感染を繰り返すうちに少しずつ、そして確実に悪くなっていきます。
咳や痰が増えたり、階段で息切れするようになったり、悪化したときに入院が必要になったりする方もいます。
重症では、酸素が十分に取り込めなくなる「呼吸不全」や、気管支から出血する「喀血」につながり、命に関わるケースもあります。
もちろん、全員がそのように進むわけではありません。
しっかりとした対処を行い、長く落ち着いて過ごされる方もいます。
大事なのは、「自分は今どのような状態なのか」を知っておくことです。
一度傷んで広がってしまった気管支を、元どおりに戻すことは、現時点では難しいのが実情です。
だからこそ、咳や痰、喀血などが悪化したり、息切れが強くなるのを待たずに、軽い咳や痰の段階で一度調べておくことが大切だと考えています。
ご本人より、ご家族が変化に気付くこともあるでしょう。
「前より咳が増えたかな」「最近、散歩で休むことが多いかな」
そんな様子があれば、受診を勧めるきっかけにしていただければと思います。
レントゲンでは大丈夫と言われたけど?
「健診でレントゲンを撮っているから、肺は大丈夫なはず」
そう思う方もいらっしゃるかもしれません。
レントゲンは肺の状態を広く確認する大切な検査ですが、軽い気管支の広がりや炎症など、細かな変化まではわかりにくいことがあります。
そこで役立つのが、CT検査です。
一枚の写真のように見るレントゲンに対して、CTは体の中を薄い輪切りの画像数百枚で見る検査です。
レントゲンでは画像に見慣れていないと、正常な組織と病気の部分の見極めが難しいことが少なくありません。
また、透けた組織を1枚の画像に移すので、いろいろな組織が重なって見えます。
そのため、見えたものが正常なものが重なって見えたものか、本当に異常なものかがわからないこともあります。
特に初期段階で病変が少ない時では、写真の読みにかなりの熟練度がないと、細かい病変は見逃されることは少なくありません(実際、当院で診断される方で、今までレントゲンを撮ったことがなかった方はほとんどいらっしゃらず、どこかでレントゲンは撮られたことはあるのです)
一方CT検査では、ミリ単位で細かく組織を見分けることができます。
数百枚に画像を分解するので、組織が重なってみえることもありません。
そのためCTでは、わずかな変化でもとらえることができ、気管支がどこで広がっているか、痰が詰まっていないかなどを、詳しく確認できます。
なので、レントゲンで目立つ異常がなくても、咳や痰が続く、血痰や感染を繰り返すといった場合には、CTを検討します。
全員に必要な検査ではありませんが、「症状が続いているのに原因がわからない」ときの大切な手がかりになります。
さらに、痰の検査で細菌がいないかを調べたり、さまざなな呼吸器の検査で肺の働きを確認したり、気管支拡張症を生み出すよう元となる病気がないかどうかを調べたりします。
画像と症状、菌の情報、そして全身の情報を合わせて考えることで、その方に必要な対策が見えてきます。
見つかったら、どんな治療をするの?
「元に戻らないなら、見つけても仕方ないのでは?」
そう感じるかもしれません。
でも、症状を楽にし、悪化を減らすこと、そして進行を止めることがこの病気は大事です。
まず、治療の土台は、たまった痰を出しやすくすることです。
痰を出しやすくする薬を使ったり、呼吸の仕方や姿勢を工夫したりします。
力いっぱい咳を続けると疲れてしまうので、できるだけ負担を抑えて痰を動かす方法を、その方の状態に合わせて考えます。
感染で悪くなったときには、必要に応じて抗菌薬を使います(使いすぎたり、必要のないところでむやみに使ったりすると、将来必要な時に薬が効かなくなってしまうので、その使い方には最大限の注意が必要です)。
また、喘息やCOPD、非結核性抗酸菌症などが一緒にあれば、それぞれに応じた対応も必要になります。
早く見つけるというのは、全員にすぐ強い薬を始める、ということではありません。
今の状態を把握して、必要な治療や日々の工夫を取り入れ、将来の対処が遅れないように変化を追っていく。
そのための早期発見です。
治療も、少しずつ進んできました
以前は、気管支拡張症に対する治療の選択肢は限られていました。
栄養に気を使いながら痰をなるべく貯めないように痰切れの薬を使うなどの対症療法を行い、必要に応じて酸素を投与してつらい症状を和らげる、そして悪化した際は抗菌薬で何とかそれ以上の悪化を食い止める。
そんな治療しかできない時代が長く続きました。
その中で、日本で大きな発見がありました。
「マクロライド」という種類の抗菌薬を少量で長く使う治療が、慢性的な気道の炎症を抑えることが発見されたのです。
抗菌薬は、「菌を退治する薬」です。
しかしここでは、菌をやっつけるのではなく、気道に起きている炎症を落ち着かせるという役割が役に立っています。
先ほどもお話ししたように、気道に慢性的な炎症が起きると、白血球が戦い続け、体はその戦いを助ける酵素「サイトカイン」を出します。
しかしその「サイトカイン」が長く出続けると、自分の体を傷つけてしまうのです。
この「マクロライド」系抗菌薬は、そのサイトカインの必要以上の働きを抑えることができるのです。
日本で別の慢性気道の病気に対するこの効果が見いだされ、その後、気管支拡張症でも悪化を繰り返す回数を減らせることがわかってきました。
ただ、よい面ばかりではありません。
副作用や、菌に薬が効きにくくなる「耐性」の問題には注意が必要です。
特に、非結核性抗酸菌症が一緒にある例でマクロライド系抗菌薬を長く使うと、この抗菌薬が効かなくなってしまいます。
するとこの病気を治す手段がなくなってしまうのです。
だから、始める前の検査と、続けている間の確認が大切なんですね。
そして2026年10月19日、新しい薬「ブリヌスプリ(ブレンソカチブ)」が国内で発売されました。
気道を傷つける炎症に働きかけ、病状の悪化を減らすことを目指す薬です。
まだまだ高い薬ですし、これから使い始めるため副作用にも気を付ける薬です(皮膚や歯ぐきなどの副作用が報告されています)。
ですのですべての方に使う薬ではなく、これまでの悪化の回数や症状などから必要性を判断します。
それでも、治療の選択肢が増えたことは、私たちにとっても、患者さんにとっても大切な一歩だと思います。
「いつものこと」の原因を、確かめてみませんか
気管支拡張症は、見つけた後も、痰の菌や症状の変化を見ながら付き合っていく病気です。
似た症状の病気やNTM症の合併も含めて調べ、必要な治療を選べることが、呼吸器を専門とする施設に相談するメリットです。
当院でも、茅ヶ崎院・平塚院で痰の検査などを行い、必要に応じて平塚院のCTで詳しく調べています。
「そういえば、自分も毎朝痰が出るな」
「家族がずっと咳をしているけれど、大丈夫かな」
そんな心当たりがあれば、どうぞ一度ご相談ください。
なお、痰に血が混じる場合は早めに、血が多い・止まらない・息苦しい場合は救急での受診が必要です。
毎日の咳や痰を「体質だから」で終わらせず、まずは原因を知るところから。
これからも気持ちよく息をして過ごせるよう、一緒に対策を考えていきましょう。
茅ヶ崎・平塚内科と呼吸のクリニック
理事長 浅井偉信
出典:
日本呼吸器学会「気管支拡張症」
BTS気管支拡張症ガイドライン
ERS/ELF患者向け解説(2025)
治療に関する参考資料:
日本呼吸器学会ほか「マクロライド系抗菌薬の適正使用」
少量エリスロマイシン療法の原著論文
肺NTM症治療ガイドライン
新薬・当院の検査体制:
国内発売のお知らせ
ブリヌスプリ製品情報
ASPEN試験
当院のNTM症記事



